二次被害で婚約を破棄されそうになったけど真実の愛で乗り越えました
「ルーシャ! お前と離婚し、私は番であるマーガレット・ダレン男爵令嬢と新たに婚姻する!」
「きゃあ! わたしすごく嬉しいです! 陛下……いえ、キリア様!」
「愛の無い結婚など馬鹿馬鹿しい! 番と結ばれる方が皆愛にあふれ幸福になると決まっている。
よって、ここに『婚姻は番であると認められた者のみ』と定める! 今現在の番以外との婚姻や婚約は全て王である私の権限で破棄とする! これに従わぬ者は全員国外追放だ!」
やりやがった!
一部を除いた貴族の心がひとつになった瞬間だった。
ついさっきまで王妃だったルーシャ様は、周囲からの様々な視線を受けながら、その細い薬指から指輪を引き抜くと、陛下に心酔する側近に差し出す。
彼は奪うように指輪を受け取ると、万力のような機器で金属製の指輪を平らに潰す。二度と使えないようにする——復縁を許さないという意思表示のつもりらしい。
本当にやりやがった!
今度はほぼ全員の心の叫びが一致しただろう。その心情は悲喜こもごもだろうけど。
それはひとまず置いといて。
我が国はかつて栄えた獣人の血が継がれており、その獣の本能に人の理性が抗えないことがある。
だが人間の営みの中で獣の本能は庶子、不倫、倫理、派閥、政略、等々様々な問題を生むようになった。
特に生涯の伴侶をひとりと決め添い遂げる『番』と呼ばれる本能が問題視されていたため今から五代前の国王が
『婚約、婚姻は本人の意思だけでなく利も重視するように』と命じた。
要するに獣の本能を否定しないが伴侶は理性的に選ぶように、抗えないのであればきちんと手順を踏み相手に償いをすること、と仰った。
もっともである。
かくいう私——クラウディアはどちらかと言えば番を強く求める傾向にあり、婚約者である令息——レニーもそうだった。
だが私達は本能で求める番ではなく互いの家にとって良い条件の相手、つまり番以外の相手を選んだ。
恋愛感情より「これから共に家を守る同士」のような間柄だが関係は良好で、今日もきちんと私をエスコートしてくれている。
ちなみに私の番である令息とはレニーとの婚約の前に顔合わせを済ませている。互いに番を選ぶならそれも良しと両家で話していたが
「絶対無い、無理」と向こうの令息から断られている。
飽和水溶液でも作る気かってくらいお茶に砂糖を入れて飲むのが当時好きだったのだが、それが無理だったらしい。
好んでいたことを否定されたショックから番への執着は薄れたのは今思えば幸いだったが、にしても言い方があるだろ。
なお彼はその後互いに好みも気も合う女性と婚約し、今夜もその彼女をエスコートしている。
問題は、レニーの番である令嬢だ。
最初の顔合わせの際にレニーは本能で生涯添い遂げようと思ったらしいが、その日のうちに彼女の我が儘で他責思考な気質を目の当たりにして番への執着が冷めて消えた。それどころか嫌悪まで落ちた。
百年の恋も冷めるとは正にこのこと。
その後本人以外にも問題があることがわかり、二人の婚約の話は無事流れ、私と婚約したのだが。
なのに、あの色ボケ王がやりやがったから……。
「やっとその女より私を選んでいただける日が来ましたね!」
やっぱり来やがった!
大量のフリルを着けたピンク色のドレス、もといレニーの番である令嬢——アンリが、人混みなんて何のその、彼に向かって駆けてきた。
思い切りぶつかった方もいて普通に迷惑だが、しかし彼女は相手に謝りもせず、エスコートされている私を見て思いきり顔をしかめた。
レニーの方は冷めていても、アンリはいまだに本能のまま番であるレニーを求め続けている。
私が婚約者になったことで諦めるかと思いきや、執着はおさまるどころか悪化した。
レニーに付きまといながら、私を排除しようとお茶会では悪評を振り撒いたり(アンリの性格から誰も信じなかったけど)、夜会のダンスではわざとぶつかって騒いだり(そんなアンリの方が見苦しくて逆効果だったけど)等々、今日まで画策している。
仮にそんな涙ぐましい努力(笑)の末にレニーと私が婚約を解消したところで、彼がアンリと婚約することは無い。絶対無い。
何故なら、アンリ自身を嫌っていることもだが、アンリの家の負債をレニーの家まで負うことになるからだ。
親が親なら子も子。
逆も然り。
家族揃って浪費家故にアンリの家は借金のせいで今や没落寸前に陥っている。なのに家族全員が一切危機感を持っていないと聞いたときは恐ろしくなった。
完全に娘の嫁ぎ先に寄生する気満々じゃないか、と。
それもあってレニーは常にアンリを遠ざけ、絶対に縁を結ばないと公言までしていた。
……はずだったのだけど。
色ボケ王がやらかしたせいでそれが危うくなった!
「はっはっは、私達以外にも番が結ばれることはとても喜ばしい! 書類はこちらで用意してやろう!」とか宣って満足そうに笑ってんじゃねえよ! 無駄に頭お花畑を喜ばせるな! これ以上増長させるな!
うわ本当に書類を差し出すんじゃないよ花畑が嬉々としてサイン書いちゃってるし!
大丈夫かとレニーの様子を窺うと。
……わぁ、無。無表情。
——かと思えば急に踵を返して、私の手を取ったまま出口に向かおうと歩きだした。
「待て、何故帰ろうとする!まだサインしていないではないか」
「そうですよぉ。王様の言うことなんですから、聞かなくちゃだめですよぉ」
王に命じられた護衛が出口を塞いで、仕方なくレニーが振り返る。なるべくアンリを視界に入れないようにしている辺りは相当だ。
「お言葉ですが、私はそれに対して嫌悪以外の感情はありませんが、婚約者であるクラウディアのことは愛しています。陛下は『愛の無い結婚など馬鹿馬鹿しい』と仰いながら、私には愛の無い結婚を強いるのですか?」
それな!
再び貴族達の心がひとつになる。
番とはいえ全員が恋愛感情を抱くわけがないのだ。実際レニーと私がそうなように。
なのに王は『自分がハッピーだから皆もハッピーになるに違いない』という善意の皮を被った傲慢を押し付けて、いやー俺って良い王様! って悦ってるだけにすぎない。
「そ、それは……つ、番の方が愛が深いに決まっているだろう、なにせ本能で惹かれ合うんだからな!」
「王様の言う通りですよぉ」
「何度も言いますが、私はその本能で求める番よりも、婚約者を愛しています。
そう、いわばこれは番の本能ですら敵わぬ『真実の愛』です!」
え。
急にどうした『真実の愛』とか。
と、内心狼狽えてしまったけど、レニーが自分で言ったのにちょっと笑っちゃってるのを見て気づいた。これは彼の即興に合わせるところなのだと。
よし、任せろ。
「嬉しいわー私もです、レニー。領地のための婚約だと思って秘めていたのだけどー」
……おい真顔になるな、婚約者。
自分でも棒読みすぎだって自覚してるわ。
「そうだったのか! しかし、この国にいると想い合っているのに! 私たちの愛は! 一切認められず! 更に陛下の意思で! 愛の無い相手と愛の無い結婚をさせられてしまう!」
「この愛を貫くには、もう他国へ行くしかないのかしらー」
「そうしよう! 幸い、従わない者は国外追放だと命じられた!」
最初は私たちの大袈裟と棒読みの三文芝居を怪訝そうだったり冷ややかに見ていた高位貴族の方々も、意図を理解して次々と「そうだな、我々もそうしよう」と声を上げた。
「それでは我々はこの愛を貫きたく、ご命令通り国外に移るとします。本日はその準備のため、失礼致します」
帰ろう、と優しく囁かれながら肩を抱かれ、アンリが叫ぶ声と色ボケ王の戸惑う声を背に会場を後にする。
驚くことに、半数以上の貴族が私達に倣ったため護衛も引き留めきれず、会場から出ることが出来た。
あの場に残ったのは今の相手に多少なり不満がある方々のようだけど、ほとんどが下位貴族だったらしい。
帰りの馬車の中でレニーには勝手に決めてごめんと謝られたけど、多分レニーが言わなければ私が言っていただろう。
「でも、さすがにあの棒読みはないよ」
「やかましい」
私の家への報告は会場を出てすぐ従者に頼んでいたため、私がレニーの家について程なく両親と、同じ会場にいた私の兄夫婦とレニーの従兄弟が駆けつけた。
彼らは番同士で婚姻しているためお花畑の珍妙アイデア、もとい王命からは免れるからこっちのことは一旦任せろと言ってくれた。
それも踏まえた話し合いの結果、私の兄とレニーの従兄弟に安心して託し、私達は夜明けには隣国に着くようその日のうちに国を後にした。
* * *
「離婚は願ったり叶ったりだったのだけど、まさか番以外を認めない宣言をやらかすとは思わなかったわ」
そう言いながら元王妃ルーシャ様が優雅にグラスを傾ける。
あれから一ヶ月経った。
賛成派は国外に残り、反対派——筆頭貴族や重役を担う家、私達の意図を理解した貴族は国外に移住した。要は、高位貴族や優秀な人が国外に流出し、下位貴族だけが残った状態。
しかも中枢にいるのが頭お花畑夫妻だ。
今までは優秀なルーシャ様がひとりでも頑張っていたからギリギリどうにかなってたのに、離婚して国からもいなくなった今、まともな統治ができるわけない。
あっという間に国は傾き、つい先日、最後まで残っていた王都が陥落した。
兄達も、隣国からできる限りの援助はしていたがやはり大変だったとのことで本当に申し訳なかったが、今は隣国の管理下に置かれたおかげで以前より快適らしい。
ついでに頭お花畑夫妻、もとい国王キリアと王妃マーガレットは、国を傾けた責任を負って処罰されると、今さっきルーシャ様から聞いた。
「なんでも隣国の兵が捕縛した際にお互いに罪を擦り付けようとしたそうよ。美しい譲り合い精神ですこと(笑)」
「本当ですね(笑)」
「真実の愛には敵わなかった、という事ね」
顔を上げると、ルーシャ様が私を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
隣国に移ってから親しくさせてもらっているが、王妃の頃は嫋やかで孤高という印象だった彼女はこちらの公爵と再婚してからは、気品は保ちながらも親しみやすい柔らかさを感じる。恐らく今が素なのだろう。
まぁそれより。
「ルーシャ様、それは……」
「嘘偽りもこじつけもない、本当の、って意味よ。実際、貴方たちの雰囲気が以前と変わっているもの」
それは演技でと言いかけて、遮られた言葉に「確かに」と気付く。
少し視線を遠くに向けると、この夜会にエスコートしてくれた婚約者のレニーが、再会した友人と話していた最中なのに私と目を合わせて、今まで以上に柔らかい笑みを浮かべてくれた。
そんな彼の笑顔は、何度目であっても心臓が跳ね上がる。
あの三文芝居から私達の空気は、ほんの少し甘く変わった。
少なくとも私はもうレニーを「これから共に家を守る同士」ではなく、恋愛的な意味で意識してしまっている。
まぁ、当人達が自覚してなかっただけで、端から見れば相思相愛なのはわかっていたのだけど。
ある意味、嘘から出たまこと、かしらね。
初々しい恋をつまみに飲むワインは美味しいわー。
なんてルーシャ様に思われている事など知らない私は、扇で赤くなった顔を半分隠しながら再来月には『婚約者』から『旦那様』になるレニーにぎこちなく笑みを返した。
「見ろ再来月には妻になる私の婚約者のあの笑顔を可愛くて仕方ないが勿体ないし減るし惚れられると困るからお前は見るな」
「レニー、お前が俺と会ってからずっと話題にしている婚約者を愛してるのはわかったから落ち着け、発言が矛盾したぞ、見て欲しいのか見て欲しくないのかどっちなんだ」




