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六、終章「夜」


 高校に入ってからも、マサはアキの家に通いつづけた。


 ある夏のさなかだった。山の麓に黒塗りの車が止まっていた。マサが首を傾げつつ、自転車で脇を走り抜けようとしたら、窓が空いて中から声をかけられた。


「君が、将生君だね」

「……はい、えっと……」

 誰だろうか。自転車を停めて、車から出てきた男をみた。

 

 背筋が真っすぐで、歩く姿も美しい男だった。一度だけアキの母が残していった能面を見せてもらったことがあるが、どことなくそれを彷彿とさせられる色の白さだった。よく通る声で、男は言った。


「秋人を見張っていてよ。あいつは18で死ぬつもりなんだ」


「あなたは誰ですか、どういう意味?」


(うち)は18になるまであいつに金を出す。それ以降のことは、秋人は考えていないそうだ」


「それはアキが言ってたんですか?」


 男はこくん、と頷いた。その仕草だけか妙に子どもっぽくて愛嬌がある。どこかアキを彷彿とさせられた。咄嗟に、本当の父親なのではないかと感じた。


「あなたは、アキの……」


「それ以降は、君が面倒見てくれ。どう扱っても構わないよ」


「そんな、モノみたいな言い方……」


「頼んだよ」


 そして、男はゆっくりと車に戻った。静かな歩き方は、まるで舞台から消えていく幽霊のようだった。


「おまえ、18で死ぬつもりなのか」

後ほど、アキに問い詰めたら、「そうだよ」とあっさり答えた。


「どうして……」

「あの人に会ったの?」


 言葉を失ったマサに反対にアキが聞いてきた。

 マサはかろうじて頷いた。車から降りてきた男のことだろう。何処となくアキに近いものを感じたが、改めてアキをみると、涼し気な目元や輪郭が似ているような気がする。


 マサは、思わず言いかけた。

(あの人はアキの本当の……)


 だが、それより前にアキが口を開いた。

「母さんの代理人の弁護士だって言ってた」

そしてこの話は終わりだとも言わんばかりに、うつむいてじっと爪を眺めた。頑なな横顔にそれ以上、マサは何も言えなかった。



 あの男が言っていたこと、そしてアキが認めたこと。18歳で死ぬつもりということが、重くマサの心にのしかかった。アキがいなくなることを考えるだけで、吹雪の中一人取り残されたように、身が凍る思いがした。


 マサが高校三年になった春くらいから、アキはふさぎ込むことが多くなった。アキのSNSのアカウントはいつも念入りに確認していたが、どうも暗い厭世的な内容のコメントに反応したり、リポストしたりすることが多くなっていった。マサは自らも資格試験や就職活動で忙しい中、アキを見守るために頻繁に家を訪れた。夏には地元大手の自動車整備会社に就職内定した。アキの側にいて彼を守らなければ、という一心だった。アキも喜んでくれていた。


 しかし、その年の秋。薄の生える紅葉のさなか、アキはマサに黙って家を出た。鍵のかかった玄関を合鍵で空けて入ると、がらんとした家の静けさがマサにのしかかった。


 兆候はあった。SNSを通して知り合ったという女友達と、電話したりメッセージを送り合ったりしている様子があった。マサもその会話を聞いていた。「今度会いたいね」と言っていた。

 どうも彼女の方は精神的に不安定な様子だった。そんな彼女とアキが会ったら二人でどうなるか知れない。


 マサは学校を休んでアキを探しに行った。幸い前後のやりとりを聞いていたし、マサのスマホにアキの位置情報も共有されていたから、すぐに場所は分かった。


「近くの公園まで迎えに来た、帰るぞ」

 電話してそう伝えた。アキは電話の向こうで、吐息だけで微かに笑った。


「うん」


 彼女と一緒にどうするつもりだったのかは聞かなかった。あえて、居場所がマサに分かるようにしていたようだし、電話に素直に出たのを見ても、本気ではなかったのかも知れない。けれども、公園にやってきたアキの痩せた顔は霊界から戻ってきたかのように、青白かった。


 その年の冬。卒業も間際に迫っていた。アキは2月に誕生日を迎えて、18歳になる。

「結婚しよう」とマサは言った。言い出す前は緊張したが、思ったより軽く言えた。

「男同士だよ」とアキは目を細めて笑った。

「こんな辺境、誰も気にしないさ」

その夜、二人で手をつないで眠った。


……


「もう寝ようか」


 マサはアキの手を引いた。いつも寝る前に、アキはマッサージしてくれる。背中に、軽い体重を感じながらその掌に神経を集中する。時折、マサもやってやると言うが、アキはくすぐったくて我慢できないらしい。


 外では風が強くなってきているようで、古い家の窓ががたがたと音を立てていた。

「寒いからこっちにおいで」

布団のなかに招き入れると、アキはすんなりとマサの胸元に収まる。あの日の夜を思い出す。


「吹雪になるかも」

アキが風の音に耳を澄ませる。


「スリップしないように気をつけないと」

あの音が聞こえる気がして、マサが言った。


「やめて、マサがいなくなったらおれ生きていけないよ」

アキが上目遣いに見上げてくる。


「……考えるだけで死にそう」

そういってアキは柔らかく微笑んだ。


「おれも」

マサはアキを軽く抱きしめた。


 ふと、いつまで生きられるのだろうか、いつまでこんな暮らしができるのだろうか、と思う。


(死ぬ前にしたいことか)


「もう一度キスさせて」とマサは言った。


「ん、」

唇が触れ合う。


そして、2人で抱き合ったまま幸せな眠りについた。


ー了ー

山の中にこんな物語を妄想しました。

閲覧いただきありがとうございました。

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