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四、妄想


 あの猛吹雪の晩、アキの父親は酒を買うために飲酒運転をして、急カーブを突き抜けて崖下に転落した。後に分かったことだが、父親の死亡推定時刻は深夜1時頃。直接の死因は、低体温症だった。車に挟まれ身動きが取れぬままだったらしい。スマホが車内にあったが、充電が切れていた。

 警察に何か音が聞こえたかと問われ、二人は首を振った。マサは「眠っていたし、風の音で分からなかった」と答えた。アキはとめどなく涙を落とした。誰も2人を責めることはなかった。



 そして、中3になったアキは、学校を休みがちになっていった。

登校したときは、なるべくマサが隣に付き添った。ある日の昼休み、校舎の陰で二人きりになった。コンクリートの壁にもたれたアキは何かが見えているかのように、思いつめた顔で一点を見つめた。マサは静かにその隣に寄り添っていた。しばらくして、アキが呟いた。


「やっぱりおれたちが殺したんだと思う」

 マサはアキを見た。その顔にはおびえはなかった。ただ何処となく熱に浮かされた人が譫言を言う時のような、虚実の狭間に取り残されたようなぼんやりとした表情だった。


「どうしてそう思うの?」

 マサは聞いてみた。アキはぽつぽつと語り始めた。それはほとんど強迫的な妄想だったが、マサは遮らずに耳を傾けた。


 あの日、アキは料理をしていて、父親の酒の瓶を倒して、中身をこぼしてしまった……かも知れない。酒が切れなければ、買いに行くこともなかっただろう。そして、父親のスマホの充電が切れているのに気づいていた。けれど充電をするようにとは言っていなかった。スマホがつながれば父親は助けを呼べたかもしれないのに。


 話すうちに、確信的な口調に変わっていく。アキは真面目な顔で続ける。


「そもそも車がスリップしたのは……」

アキは上目遣いで言う。

「マサも知ってたよね。『あの車、だいぶ古いね。車検も少し切れているみたいだし、危ないんじゃないか』って言っていた」

 まるで、マサがこうなることを知っていた、もしくはマサが細工をして、事故を起こしたとでも言わんばかりの言い方に、思わず笑いそうになった。それをこらえて、話に乗ってやる。


「そうだね」とマサは頷いた。


「あの時、助けに行っていれば、死ななかったのかもしれない」

 アキはあの日の夜の事を思い出すように、遠い目をした。


 二人とも事故の音を聞いていた……ような気がする。でも、それを知るものは二人のほかにはいない。マサは一切反論しなかった。むしろアキと共犯になるという特別感に胸をときめかせていた。


 アキの口調は後悔ともまた違っていた。あんな父親でも『いないと生きていけない』と言っていたくらいだ。ショックだったろう。けれど、アキは案外元気そうにしている。


「親父さんのこと、残念だったね」

と、マサに言われて、ようやく悲しそうな顔をしたが、父親の葬儀もなく、骨壺ですら居間の片隅に放置されたままだった。相変わらず母親も帰ってこない。あの事故の後、実質一人で暮らしているようなアキが心配で、マサは何度もアキの家に行っていた。


「大丈夫、マサが来てくれるから」

 そう言ってアキは微笑んだ。その頬にそっと手を当てると、アキは擦り寄るように顔を動かした。指先が長いまつげに触れて、びんと痺れるような気持ちがした。アキと一緒にあの男を殺したんだ。共犯者。そう思うと、身体の奥底からどうしようもない喜びが沸き上がってきた。



……



 マサは事故のニュースを流すテレビを消した。気を取り直すように、「お茶でものもうか」と言った。


 「おれが淹れてくるよ」

 アキが立ち上がった。


 アキを待つ間、マサはリビングに置いたパソコンを立ち上げた。いつものように検索履歴をすべてチェックする。


 アキにはスマホを持たせていない。代りに固定電話とパソコンは使わせている。それらはすべて履歴を確認できる。パソコンは便利ではあるが、使い方を誤れば危ない。約束事を決めていた。メールやSNSを使って知らぬ人と連絡をとらないこと。ウェブページならどんなページを見ても構わないが、履歴は消さないこと。三年ほど前に、アキがSNSで知り合ったどこかの女と心中しかけたから、設けた約束事だった。



 履歴を見ていて「セリ ドクゼリ 見分け方」で検索していたのを微笑ましいと思う。自分で育てているから間違えるわけないのだけれど、「もし……だったら?」という物語をアキはよく作る。それに乗るのは楽しい。


 レシピを検索したり、趣味の調べ物をしていたようだ。マサにはよく分からないが、アキは昔から能楽が好きらしい。何もない母親の部屋に一つ残されていた箱の中に、能面が入っていたのがきっかけだった。色々調べ物をしたり、本を読んだりしているうちに、自分でも話を創るようになったようだ。時折詠み聞かせてくれるが、あいにくその手の感受性の低いマサには何が良いのか分からない。けれど、一生懸命なアキをみているのは好きだった。



 ショッピングサイトの検索結果を見て、へぇと思った。この前、アキに『ボーナスが出たから、何か欲しいものはある?』と聞いていた。


 そこへ、お茶を淹れたアキが戻ってきた。 


友達の家に骨壺放置されてたら怖いですね。

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