二、爪
やや生々しい表現あります。
こうなる運命だったのだと思う。
中学2年の春、マサはアキと出会った。
マサは窓際の席でひとり、校庭に咲く桜の花ばかり眺めて過ごしていた。昨年いじめを止めたら、かえって友達が離れていった。容易になびく奴らと付き合うのが、バカバカしくなっていた。
桜の花も盛りを過ぎ、はらはらと風の中に花びらが散っていくばかりのある日。アキが転校してきた。
「片尾秋人です。よろしくお願いします」
黒板の前に立ったアキの静かな身のこなしや、真っすぐに伸びた背筋。表情を変えない美しい顔。後に父親への怯えから来るものだと分かったが、それらは粗野な田舎の中学にあって、どこか別の世界からやってきたかのように感じられた。
アキはあまりコミュニケーションが得意ではないらしかった。田舎では珍しい転校生として、最初こそ話題になったが、すぐに暗い子というレッテルを貼られた。頑ななまでのその静かさを、むしろマサは視界の片隅に置くようになった。何度かアキと目が合って、慌てて窓の外にそらすことがあった。
そんなマサに、ある日の休み時間、アキの方から話しかけてきた。
「桜、散っちゃったね」
一緒に窓の外を眺める。もう葉桜になり始めていた。
「おれも桜が好きだったんだ」
そう言う横顔は、桜よりも何倍も綺麗に見えた。
他の生徒に話しかけられても交わす言葉少なめのアキが、わざわざマサに声をかけてきたのは意外でもあり、選ばれたようで嬉しくもあった。
「最近、やっと目立たなくなってホッとしているよ」
二人で話すようになってから、アキはマサにだけ打ち明けた。
ひっそりとしつつも、どこか凛とした自我を持っているアキとマサは親しくなり、放課後、よくアキの家に遊びに行くようになっていった。
……
食後の片付けはマサの担当だった。その裏でアキを風呂に入れる。
居間をフローリングに改装していた。そこのソファーに掛けて風呂上がりのアキの爪を手入れする。ヤスリを掛けて、甘皮を削り、艶を出していく。もともときれいなものを手入れして、より綺麗にするのは気分が良い。自動車整備をして細かい傷のついた車体がまた新車みたいに艶光りする時以上だった。
蛍光灯の光に煌めくアキの爪を眺める。その表面をキャンディみたいに舐めたら、きっとつややかで舌触りが良くて、いつまででも舐めていられるだろうなと思う。ついでにクリームを腕の方まで塗り拡げる。
足の爪も同じようにする。足袋を履いているように白くて、なめらかな足の甲に触れると、アキは「ん、」と微かに声を出して、くすぐったそうに身じろいだ。マサはクリームをまとった指を、足の指の谷間にねじ込んだ。
「あっ……」
アキはひくん、と僅かに脚を震わせた。
くちゅくちゅとクリームを染み込ませるように動かす。
「くすぐったいよ……」
されるがままになっていたが、やがてアキは耐えきれずに頬を染め「おわり!」と足を引っ込めた。
「わかったよ」
マサはタオルで余分なクリームを拭い取る。アキは気を紛らわせるように、テレビをつける。そのアキの引かない顔の赤みを見て、マサは微笑んだ。




