【第九話】Heaven & Hell , Hell & Heaven
アオイは眼を開いた
ここが何処なのか解らない
何故か躰が仰向けで、視界いっぱいに、真っ白に輝く空が視える
身を起こす
材質の解らない真っ白な丘の上に、木造のパン屋が建っていて、自分がその店先に倒れて居る事に、アオイは気が付いた
「ようやく起きたか」
懐かしい声
ボクの人生
ボクの愛
ボクの総て……
飛び起きて、声の主を視る
「シアン!」
きらきらとした知らない世界に、一番居て欲しい者の姿を認めて、アオイは涙ぐんだ
どうした訳か、武器を手にして居ない
それでも関係無かった
アオイは笑いながら苛々と拳を握ると、それをシアンの顔に向けて突き刺そうとした
「よせ」
意外にもその拳は、非力な筈のシアンの手のひらに握られ、それ以上進もうとはしなかった
───何が起きて居る?
戸惑いで心が落ち着かない
シアンが口を開いた
「ここは地獄だよ」
「帰死人は死後、永遠に自らの心象が生み出した牢獄───『地獄』に囚われるんだ」
「二人分の魂が囚われる事は、極めて稀だけどね」
ふわり、と
シアンが浮かび上がり、パン屋のカウンターに腰掛ける
確かに、ここでは現世の法則とは違う理で、総てが動いて居るようだった
「僕はね、アオイ」
「事ここに至って、最早、奸謀を捨てたのさ」
「………どうやっても」
「ここからは、永久に出られないだろうからね」
嘆息すると、シアンは戯けた仕草でアオイを視る
そして直ぐに、シアンは一定の光量で輝き続ける、白紙のような空を視上げた
「この世界を生み出したのは」
「アオイ、君の心象だろう?」
「僕の心だけで形作られて居れば、こうも優しくはならなかったろうからね」
思い出したように、視線をアオイに戻す
「僕と」
「こういう所で暮らしたかったの?」
アオイは崩折れると、泣きながら頷いた
それから『永劫』と呼ばれる程の時が、五度に亘り経過した
時が擦り切れ尽くした最果ての時
最後の神性がこの『地獄』を観測した際、そこに白色に輝く虚無を視たという
そこには最早、空間と呼べる程のものは、ほとんど存在せず
僅かに残った『世界』に、絡まった二本の樹が、朽ち果ててそこに立って居たと言われて居る
─────
造り物の四肢を付けた長い髪の少年が、焼け焦げた少年と、掴み合いを繰り返しながら激しく殴り合って居る
元は互いに人間であったし、互いに帰死人を憎む者だった
いま二人は帰死人だ
しかし、心の始まりの部分で燃えた、最初の憎しみ自体は僅かすら失われて居なかった
結果として二人は『怪物化』を果たし、この世で最も醜い獣と化した
怪物は、憎悪を生命として居る
戦いのさなか、怪物化によって発生した炎は何処までも燃え広がり、二人の争いは終わる事なく続くかに思われた
そこに、足音が近付いて居る
『眼の前の出来事』を終わらせるものの足音だった
炎が生んだ風が、彼の水兵帽をさらっていく
「不仕合せそうな人達だ……」
「僕のを分けて上げないと」
彼は、狙いを定めた




