【第八話】"穢れた再誕"
塔の外では、今なお戦闘が続いて居る音がする
だが、それはもう、そこまで重要な事では無くなった
現段階で最も有力と思しき戦力が、我が物となったからだ
シアンは、口いっぱいに吸い込んで居たアオイの血を床へと吐き捨てると、苦しげに身を曲げて倒れ伏したアオイの頭を踏みにじった
「こうすれば良かったんだ」
「簡単な事だったね」
言い終えると、アオイを執拗に蹴り転がす
眷者と化したアオイは精神の禁忌が書き換えられ、主人を害する事が出来ない
厳密には完全な不可能では無いが、実行した場合、死以上の心身の苦痛を味わう事になる
最早、アオイは『狙う側』の立場を喪った
二人の勝敗は、誰の眼にも明らかな事に視えた
「ほら」
くすくすと笑いながら、シアンはアオイの横に屈むと彼の襟を掴み、頬を何度も平手で打つ
「やり返してみろよ」
我慢出来なくなったのか、シアンは声をあげて笑い始めた
笑いながらアオイを踏み付け、また思い出したように打擲する
彼の計算の中には、アオイを捨て駒にしてこの場を無事に脱出する方法が、数千通り以上は存在して居た
───しかし、次の瞬間には、踏み潰された虫のような姿勢で無様に四肢を投げ出し、壁に叩き付けられていたのはシアンだった
「えっ………?」
『信じられない』という顔で、シアンが呆然とアオイを視る
シアンを殴打したアオイは、全身からおびただしく出血しながらも、腹を抱えて嗤い転げて居た
「楽しいね!!」
言いながら、アオイがシアンの頭を掴み、床に打ち付ける
一瞬も間を置かず、アオイの両眼と口からは赤黒い血と、呼吸もままならない程の激しい咳が溢れ出した
「なんで!?」
「どうして………」
『どうして平気で居られる?』とシアンは言おうとしたが、原理は瞭然だった
『アオイには、死ぬ程の痛みが通用しない』のだろう
「こんな………っ!」
続きを喋る事は、永遠に出来るか解らなかった
ぐえっ、と声を上げながら鳩尾を、次に顔を、次に腹部を爪先で蹴り上げられた
倒れるたびに蹴り上げられる
明らかにアオイも無事では済んでいない筈だったが、にも関わらず、彼の声は明るいものになり続けている様子すらあった
「こんな余興を用意してくれるなんて!」
「シアン、君は本当にボクの事が好きなんだね!?」
大粒の涙を浮かべながらシアンは「誰か」「助けて」と、かすれる声を上げながら両手で顔を庇う
その腕をアオイの苛立ったように震える指が、乱暴に握り締めた
─────
「教えてくれ」
「僕は───」
『怪物』に成り果てた少年が、緋色に尋ねる
緋色は『自らが今すぐには死ななくなった』事実を、壁にもたれかかりながら噛み締めていたが、出血が酷く、意識は少しずつ薄れ始めて居た
『助かる方法』を、本当は緋色は知って居る
その証拠に彼の視線は、たった一つのものだけを視野の隅に捕らえて居た
緋色からそう遠くない場所に、帰死人の眷者の『部品』が落ちて居る
端的に言うと、眷者の引き裂かれた四肢だ
あのハイジという眷者は戦闘が得意では無かったらしく、緋色が抗戦して居る間の僅かな時間の隙に、ぼろぼろの屑肉に変えられてしまった
緋色は、不意に過去を想った
さしたる理由も無く炎に包まれた、自らの故郷を
尊厳あるものだったとは思えない、師の最期を
衣服を剥ぎ取られ、取り押さえられた自分を視下ろした
数え切れない程の帰死人達の、下卑た視線を──
『助かる方法』を、本当は緋色は知って居る
だから彼は、生まれた時のような大きな声で泣きながら、『救い』をその手に掴んだ
まずは左腕
損傷の少なかった眷者の四肢は、汚らしい音を立てながら緋色の躰に結び付き、彼の肉躰を侵食し始める
次に右脚
次に、左脚………




