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【第七話】最後の燐寸の炎

「一時休戦だ」


額に汗を浮かべながら、可能な限りの笑顔でシアンが言う


こう提案したシアンの後頭部を、アオイが鎚矛で叩き割ろうとした回数は三回

現段階では、かろうじて総てが未遂に終わって居る



彼らがいま居る塔の周りの庭園では、何が起きているか想像もしたくないような人躰の砕ける音、義手の砕ける音、そして義足の踏み潰される音と、その持ち主が持てる全力で徹底抗戦を繰り返しながらも、次第に力負けし追い詰められていく、哀切な声が聞こえてくる



「おい」


「あの声は、君の仲間じゃないのか?」


伸し掛かられてナイフを顔に刺されそうになって、その手を両手で必死で押さえ付けながらシアンが言った



「アレは、目的を果たす為の駒だったんだ」


「キミを殺す為のね!」


説得を完全に意に介さず、ナイフを持った手に体重を掛けてアオイはシアンを害そうとする



「キミこそ」


「仲間を外に視捨てて来たんじゃないの?」



「眷者なんて、僕が生きてれば幾らでも作れる!」


シアンの本音だった



外で、戦いの音が激しさを増した


『戦い』とは言ったが……

シアンの脳裏には焦りが在った


恐らく、外で行われているとは『戦闘』と呼べた程のものでは無いだろう

眷者のハイジはとっくに死ぬか逃げ果たせるかした後で、あの緋色とかいう傭兵が『怪物』のなぶりものにされて居る


覚えて居る限り、緋色という傭兵は姿かたちこそ少女のようだが、あの義手と義足の躰を苦にせず並の人間数人分以上の戦力だった筈だ


引き換え、自分は超越者たる帰死人とは言っても、戦闘が得意では無い

こうしている今も、定命の存在であるアオイに命を奪われそうにさえなっている


持てる手札総てを考慮に入れても、アオイを説得する以外に生きてこの場を逃れる手段は無かった



「僕の話を聞け!!」


シアンはアオイの瞳を、断固とした視線で覗き込んだ

その直ぐ近くを押さえ込み切れなかった刃が通り過ぎ、床へ深々と突き刺さる



「いいか、アオイ……」


「僕は」



「───君が欲しい」


視線の先で、アオイの瞳が錯乱したように震えた


一応、嘘は付いて居ない

本当に文字通り掛け値無しに、アオイ無しでは生きる事が現在のシアンには出来ない


アオイの血に狂った瞳が次第に潤み始めた

仔犬のような顔で、アオイがシアンに尋ねる



「…………本当?」



─────



少年の両眼から、抑え難く赤黒いものが流れ落ち続けて居る

それは流れた先の地面で炎となり、少年自身の身を焦がし続ける


塔の庭は真夜中を迎えて居たが、同時に真昼のような明るさに包まれても居た



───『怪物化』

不幸な巡り合せから眷属化させられ、変異した躰で復讐の炎に灼かれた糖蜜種の少年の、これは最期の姿だった



緋色は血達磨の姿で、虫のように身をよじって起き上がろうとした


燃え盛る庭木の灯りに照らされて、使い物にならなくなった剣や槍、分銅など、一小隊の装備に相当する程の武装が破壊され、死骸と化して居る


その中に、もう二度と動かなくなった緋色の手脚も転がって居た



───顔が濡れていて、不快だ


緋色は思った

人間の精神が耐えられる限界点以上の苦痛に、意志に関係なく唾液と涙が溢れたらしかった



『なんとかして逃げなくては』


思ったが、手立てまでは思い付かなかった


右腕だけは折れて居ない

これが幸せな事なのかは解らなかった



「逃げようとしたのが」


「間違いだったな……」


『敵』に視線を合わせたまま、緋色は最後に残った右手で、最後に残った、まだかろうじて使えそうな折れた剣を拾い上げた


剣先は喪われては居るが、運良く一番切れ味の良かった剣だ



「───この方が、私らしい」


瓦礫に背を預けながら、掲げる様に上段に構える

燃え盛る明るさの中、銀色の刀身が鏡のように灼けた少年の姿を写す




その時、少年は初めて『現在の自らの姿』に気付いた


剣に写った自分を視ながら、彼は呆然と動きを止める

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