【第五話】PeccatumOriginale
帰死人として蘇るとき、声が聞こえた
声は、「お前の願いを言え」と俺に聞いた
俺は「総ての『救う事の出来ない者』の為に、俺は戦う」と答えた
急に口を衝いて出た言葉であり、どうしてそう答えたのか今では解らない
「それがお前の誓いになる」
声は俺にそう答えると、それ以上は二度と何も語らなかった
二度と、永遠に
─────
真っ黒な曇天の下、糖蜜の少年がよろめきながら、這うように街の通りを歩いて居る
糖蜜種の躰が生成する蜜は、かなり繊細な過程を経て作られて居る
かつて、きらめく蜜に覆われ黄金に輝いていた彼の躰は、今や呪われた黒い腐液を滴らせるばかりだ
強制的に帰死人の眷属にされた事、愛したものを奪われた事、生活の手立てを喪った事……それらの総合が、彼の心身までもを本物の怪物へと貶めて居た
躰の総てが腐り果て、歩く程に四肢がじゅくじゅくと痛む
通りの家々でカーテンを閉める音がした
汚らわしい怪物の姿に、人々が嫌悪感を示した結果だ
糖蜜の少年は、その手に抜き身のナイフを持っていたが、咎めようとする衛兵の姿すら無い
誰の眼にも、この『化け物』の生命はそう長くない事が明白だった為だ
「ゆる…さ…な……い……」
少年は既に、『自分が何を許せないのか』すら忘却し始めて居た
言葉を発して居るのも、憎悪による肉躰の反射行動に過ぎない
不意に、左眼が痛んだ
眷属化されたあの日、帰死人の狩り師によって抉られた左眼が
もう、眼窩の中に存在しても居ない左眼が
少年はうつ伏せに倒れ、うずくまると頭を抱えた
意味の通らない言葉が次々に聞こえてくる
そしてそれらは総て、少年自らの口から発されて居た
「ツキが回ってきたようだな」
「獲物が眼の前で、勝手に死にかけてる」
誰も居なかった通りにクロスボウを持った、血の匂いのする男が現れた
クロスボウの先は、明確に少年に向けられていた
男はまばたき一つしない
狩り師なのだろう
殺す事に長けた人間特有の隙の無さが、雰囲気として強く放たれて居た
「お前は幸運だ」
男が言う
「怪物として罪を犯す前に、こうして死ねるのだからな」
少年は、向けられた矢弾を不思議そうに視詰める
彼の腐敗は、脳や意識にまで進行して居るのかも知れなかった
「終わりだ────」
鳥が犠牲者に襲い掛かる時のような音で、矢弾が勢い良く放たれる
実際には、矢弾が少年に刺さる事は無かった
少年はその光景を、ぼんやりと眺めて居た
狩り師は急に現れた、視た事もない姿の人物に殴られ、首が捩じ切れた姿勢でその場に倒れ伏して居た
「『兜』が光ったな」
「だとすると、お前が『救うことの出来ない者』か……」
闖入者が言う
「来い」
「俺が、泣いたり笑ったり出来るようにしてやる」
材質の金属とも石材とも付かない仮面に頭部を覆った人物は、死にかけた糖蜜の少年にそう言った
彼の言う通り、頭部を覆う兜が発光して居る
男はそれを『誓いの顕現』と少年に説明した
「何も食って無いんだろ」
男が林檎を差し出す
「食え」
「どんな姿になっても、どんな罪を背負わされても、生きろ」
「教えてやる」
「お前は、まだ笑える」
少年には彼の言葉の大半が解らなかったが、ようやく得る事の出来た食餌は、彼にとって甘いものだった




