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【第四話】罪の報いは死、善の報いは生きる事

旦那さまは近頃、ぼくの躰から流れた蜜の入った紅茶以外は口にされなくなった


『その時』が近いのかも知れなかったが、ぼくはそれまでは懸命にお仕えしようと誓っていた



ぼくは一般に『糖蜜』と呼ばれる種族の混血だ


名は『蜂蜜』

外見上の特徴は人間であるにも関わらず、皮膚も髪も瞳も琥珀がかった艷やかな金色をしている為、拾ってくれた人がそう名付けたらしい


旦那さまは、今でこそ粗末な館で暮らしていらっしゃるが、ぼくはこの世で旦那さまだけを『自分の飼い主』だと思って居る

その愛が伝わって居るのか、旦那さまは総てを抵当に入れてこの館に引っ越された際も、ぼくの事だけは手放さなかった


使用人と呼べる存在は、この館には既にぼくしか居ない

でも、ぼくはそれが誇りだった




紅茶が良い色になった

ぼくはそれをカップに注ぐと、その上に腕を差し出した


キッチンナイフの刃を腕に軽く押し込む

金色の雫が、ぼたぼたと真赤な紅茶の内側に溶けていく───


 

「美味しそうだね」


不意に、キッチンの暗がりから人間の少年のような声がした


視線を向けた先には、紅く光る双眸が視える

『帰死人』だ


ぼくは「少なくとも武器を向けていれば、逃げる事くらいは出来るかも知れない」と思い、持っていたナイフを両手で握ると人影に向ける

しかし、帰死人は既にぼくの眼の前に立っていたし、武器のつもりだったナイフは、片手で紙切れの様に握り潰されていた



「………これ」


「君の躰から出たの?」


帰死人の少年が、もう片方の手で紅茶を飲んでいる


ぼくが旦那さまの為に

身を削って作った紅茶を



頭が真っ白になり、ぼくは帰死人に掴み掛かってしまって居た


直ぐに転倒させられ、うつ伏せのまま腕を捻じり上げられる

後頭部を靴底で優しく踏みにじられる

情けなさと捻じられた腕の痛さで、涙が流れていた



「それは……!!」


「その紅茶は!ぼくが旦那さまの為に……!」


頭を踏み付けられる

今度の踏み方は優しく無かった



「これからは」


「僕に仕える事を覚えると良いよ」


帰死人が嗤う

ぼくは身をよじりながら泣き叫んだ

しかし、力では帰死人にまったく敵いそうに無かった



「こんな所でご戯れをなさってたわけ?」


キッチンの扉が開いて、今度は人間が入ってきた

視たところ商人だと思うけど、高そうな服を着たヘラヘラした男だ

帰死人の眷者の様だった



「こうした『遊び』を揉み消す側の身にもなって下さいよ、シアン」


眷者が嘆息する



「向こうの部屋の貴族も、シアンが?」


眷者が話した言葉を聞いて、ぼくは残された力総てで狂った様に叫び暴れた


怪物が人間の心を挫けさせようとして、こういう嘘を吐くという話を聞いた事はある

しかし「この帰死人ならば、そのくらい造作も無いだろう」と思える様な、残虐さの匂いが彼の表情には漂って居た



「そうだよ」


眷者に答えながらシアンと呼ばれた帰死人は、ぼくをぐったりするまで踏み付ける

そして満足するまで蹴り転がした後、ぼくを無理矢理立ち上がらせると、肩口にその不浄な牙を突き立ててきた


悲鳴を上げる力さえ、もう残されて居ない


帰死人は「美味しいね」と微笑むと、眷者と共に部屋を後にする

ぼくは「待てよ……」と二人に手を伸ばしたが、それ以上は何もする事が出来なかった



入れ違いに窓が壊され、そこから二人組が押し入って来る

小柄な少年と長い黒髪の傭兵だ



「眷属化し始めてるね」


少年が、ぼくを観察しながら言った

傭兵はそれを聞くと、手にした刀の切っ先を躊躇いなくこちらに向けた



「待ちなよ、手掛かりになるかも知れない」


少年が制止しようとするが、傭兵は納得がいかない様子だ



「眷属は一匹でも残せば、甚大な被害を生む」


「もう、そんな事は絶対にさせない」



刀を、真っ直ぐ顔に突き刺される


痛みすらもう解らない

『死ぬのかな』、ぼくは他人事の様にそう思った

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