【第三話】「ディナーの後にはランチを」。
「緋色よ、お前には色々な事を教えてきた」
「強くなったな」
師の瞳は、いつでも優しさに満ちている
厳しくも優しい狩り師であり、緋色の目標でもある
こんな状況だというのに師は幼い緋色の頭を撫で、実の親の様に抱きしめた
「だが、仮に一流の狩り師であったとしても」
師は窓の外に視線を向けると、険しい表情を視せた
こんな事は生まれて初めての事だ
「一度に相手出来る帰死人の数は、せいぜい一体かそれ以下がいい所だ」
炎が揺らめく窓の外には、人間の悲鳴が溢れて居る
攻め入った帰死人の数は百か千か
混乱の中では、正確な数さえ解らなかった
「逃げろ」
「確実に二人とも助かる事は不可能だが、必死で逃げればお前だけでも助かるかも知れん」
『私も戦います』、そう言いたかった
しかし隠れていた小屋の壁が壊され、数体の帰死人が入り込んでくると、緋色の躰は本能的に走り出した
全身の細胞総てが『ここに居てはいけない』と、ひたすら彼に対し叫んで居た
自分がどんな事を言ってるのかも理解出来ない
何かを叫びながら、根源的な恐怖から全力で逃げ続けて居る
頬を何かが伝っている
これは涙か
瞬間、躓いて緋色は顔から地面に倒れ伏した
顔を上げる
『恐怖がそこに在った』。
「美味そうな人間だ」
一体の帰死人が言う
別の帰死人が「最初は俺にやらせろ」と続けた
右の手足が灼けたみたいに熱い
視れば、残り一体の帰死人が、緋色の手足を紙でも裂くように引き千切って居た
──嘘だ
緋色は千切れて躰を離れた手足を視たが、直視してもなお、それが現実と思えなかった
手足を毟った帰死人が緋色の手足を興味なさげに投げ捨てると、今度は緋色の服を破り捨てた
──嘘だ
──嘘だ、こんな筈ない
──あれ程の訓練を受けた私が、戦う事もなく
「俺の顔を覚えておけ」
「お前の初めての相手だ」
──嘘だ
──嘘だ
──私は男なのに
帰死人が緋色にのしかかると、舌舐めずりをした
─────
「やはり君は特殊だ、面白いな」
うつ伏せになったハイジに覆いかぶさりながら、シアンはわざと彼の耳元に吐息を吹きかけると、囁いた
平素は富をひけらかす目的で長身を絹の衣に包んだこの青年が、今この瞬間は為す術もなく少年の様な姿のシアンに蹂躙されて居る
眷者は、自らの上位存在である帰死人に逆らえない為だ
「その位にしておいた方が良いよ……」
額に汗の珠を幾つも浮かべながら、ハイジはそれでも苦悶を視せない
交渉の専門家として、『弱みを視せない』事を自らに叩き込んで居るからだ
しかし言葉とは裏腹に、ハイジの背には帰死人の眷者を意味する黒印が新しく刻まれて居た
シアンが『特殊』と表現した様に、ハイジの躰は魂を貪られれば貪られる程に新しく黒印が浮かび上がる体質だった
シアンの眷者の黒印は『円環』を意味する歪んだ輪の形をして居る
必然、それがおびただしく刻まれたハイジの背には輪が重なり合い、鎖の様な紋様が形成されて居た
鎖の輪は、今はまだ繋がって居ない
しかしそれも束の間の事で、シアンが後ろからハイジの肩を強く噛むと背には新しい黒印が刻まれ、鎖は彼の躰の上で一つの輪となってハイジを束縛し始めるのだった




