【第二話】緋には青、空には灰の吹き荒れて
「要するに」
真夜中の裏路地
風は無く、音も無い
前髪の揃った長い黒髪の傭兵は、腕組みをして眼を閉じると情報を反芻した
「帰死人を狩れる、という事か」
「より事情を詳細に言うなら」
アオイが補足する
「せっかくボクだけの物にしようと思って殺した友達が、帰死人になって逃げちゃったから、また殺す手伝いをして欲しいんだ」
──傭兵の声、姿
その中になんとなく違和感がある
話しながらアオイは、傭兵を差し支えの無さそうな範囲で観察し──傭兵の喉に尖った膨らみが有る事に気が付いた
「ふーん」
「キミ、男だったんだ」
途端、胸倉を捕まれ、足の付かない高さまで持ち上げられる
アオイは『これが地雷とか思わないじゃん』と思い、心の中で悪態をついたが、反面『掴まれたのが胸倉で良かった』と安堵しても居た
心を視透かしているのか、傭兵は掴む場所を服から首に切り替え、片手でアオイを絞首しながら持ち上げると圧迫の為に揺さぶった
必然、呼吸が出来ない
アオイは気道を圧迫している傭兵の指に手を掛けようとした
不意に傭兵が手を離し、アオイは顔から地面に叩き付けられる
傭兵というのは、得てして容赦が無い生き物だ
アオイは起き上がるまでの間に三回ほど、鼻を爪先で蹴飛ばされた
「脚……」
「義足なんだね?」
暗がりの中、アオイが義足を片手で玩びながら起き上がる
次に転倒したのは傭兵の方だった
その後の戦闘は一時間程に亘ったが、互いに所持していた武器が尽く破損した為、アオイは両手を上げて降参の姿勢を示すと、一言「アオイだよ」と名乗った
傭兵が仏頂面のまま、「緋色だ」とそれに返した
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「『紫闇』だ」
落ち着いたバーの片隅
テーブルの上のメモ用紙に、帰死人の少年は得意気に東方の文字でそう書いてみせた
シアンとは、彼の名前だ
テーブルの向かいに座るその眷者たる青年は、酒や料理に手を付けるでもなく、気難しい表情で二字の自己紹介をいつまでも視続けて居た
「主君……」
「シアンで良い」
「では失礼して、シアン」
青年が顔を上げる
怜悧な美貌だ
彼はこの大地を巡りながら商いをする一介の商人だったが、そうした者にしては珍しく、豊かな髭を蓄えるという習慣が無かった
「Cyanは空色を意味する言葉ですが、それに紫という字を充てるのは……」
「───『紫闇』だ」
シアンが商人の言葉を遮る
優しげではあったが、口調自体は断固としたものだった
商人が困惑の顔でシアンを視る
シアンは「ふっ」と余裕を持った表情で微笑むと、握手の為の手を差し出した
「ねえ、灰児………」
「友達になろうよ」




