【第一話】群青色に永遠のさよならを
アオイは少年と呼んでも差し支えの無い姿形をして居たが、無限にも思える深さまで海を潜る事が出来る
今夜も、尋常な人間ならばとうに絶命して居るような深海に潜って居たが、本人は涼しい表情のまま、むしろ抱えた透明な柩が壊れそうな程に軋んでいた
そう
アオイは柩を抱いて、光差さない海の底へ向けて泳いで居た
空へ空へと飛んでいけば、やがては星々の昏い海に辿り着く様に
既にアオイの泳ぐ場所には、光がほとんど存在して居なかった
しかしそれも、常人であればの話だ
彼には目的地が視えて居たし、そこで行うつもりの事も、はっきりと解って居た
或る深海の空洞に、その場所は在った
光る苔や海藻が自生しているのか、時折、壁一面が浅葱色に発光して居る
空気が溜まって居るが、それはどうしようもなく凍てついたものだ
それでいて、その場所はあらゆる生命が息絶えたあとに辿り着くような、厳かさにも満ちて居た
アオイが今日の日にこの場所を選んだのも、そうした理由からだった
アオイは空洞の中心に在る穴から流麗な所作で泳ぎ出ると、柩を床に横たえた
薄い光が彼の横顔を照らすが、その顔には一切の感情が存在しない様に視える
彼の細く長い指が柩に触れる
アオイは柩の蓋からそっと雫を払うと、留め金を外して柩を静かに開け放った
柩の中には、血の気の引いた真っ白な顔の少年が安らかに横たわって居る
蓋が開いた事で、柩の中から匂いが溢れた
それは濃密な、甘くむせ返るような死の匂いだった
匂いが皮膚に触れると、アオイは躊躇いながらも抗えず、柩の中の少年を強く抱いた
その両腕から溢れた少年の腕が、力無く重力に垂れ下がる
アオイが少年の冷たくなった唇に自分のそれを重ねる
指が凍り付いた背中を這う様に撫でると、今度は少年のシャツの中を探り始める
昼も夜も解らない深海で、誰も知らない夜が始まろうとして居た
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アオイは眼を覚ました
深海の空洞は、今なお有機的な明滅を繰り返して居る
違和感が在った
身を起こす
少年の亡骸が何処にも居ない事に、アオイは気が付いた




