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小学生男子だった僕、悪役令嬢の取り巻きに転生したのに、舞踏会で料理を食べてただけで王子様に選ばれました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第94話 音楽会

 やがて演奏者が壇上にやってくる。

 生徒達が個人所有なのか、学院の備品なのか分からないけれども、壇上に持ち込んでいった。

 合奏だから何人も壇上に。

 それをチューニングしていく。


「始まりますわね」


「うん」


 チューニングをしていくうちに、礼拝堂は静かになっていく。

 いよいよ始まるってのが分かった。


「あっ」


 よく見てみると、合奏の一人がエーベルト様だった。


(上手、なんだね)


 それ以上は考えず、音に戻った。


「だから来て欲しかったんだね」


「そうみたい」


 生徒達が譜面を揃え、楽器を構えた。

 誰かが軽く咳払いをする。

 それから。

 最初の音が、静かに鳴った。

 弦が震える音。

 礼拝堂の高い天井にぶつかって、ゆっくりと返ってくる。


(思ったより、柔らかい)


 気づくと、背中が椅子に預けられていた。

 ボクは無意識に、肩の力を抜いていた。

 音が近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい距離で耳に届く。

 隣を見てみると、ロランスは前を向いたまま、静かに聴いている。

 表情はいつもと変わらないけれど、目だけは少しだけ真剣だった。

 少しして、オルガンの音が重なる。

 低くて、深い音。


(きれい)


 評価も、噂も、立場もない。

 今はただ、音が流れているだけ。

 ふと、横から小さな気配を感じた。

 アデリナ様がほんの少しだけ背筋を伸ばしている。

 緊張しているというより、音を逃さないようにしているみたいだった。

 ブランカ様は、腕を組んだまま静かに目を閉じている。

 守る人の表情じゃなくて、聴く人の顔。

 ロランスの横で、ゼナイド様は扇子を閉じ、膝の上に置いていた。口元の微笑は消えていて、ただ真剣に音を受け取っている。


(同じ音を聴いている)


 それだけのことなのに、不思議と胸が落ち着く。

 曲が中盤に差し掛かる頃、独奏に切り替わり、音が少しだけ揺れた。

 一瞬、礼拝堂の空気が張り詰める。

 でも、音は止まらなかった。

 少し不安定でも、そのまま続いていく。


(逃げてない)


 誰かがそう選んだ音だった。

 アデリナ様が、ほんの一瞬だけボクの方を見る。

 目が合う前に、すぐ前へ戻す。

 何も言わない。

 でも、それで十分だった。


(何だろう、似ている)


 演奏のクライマックスで、ずっと昔の事を思い出す。

 江坂芯星としての記憶に残っているもの。

 学校行事で合唱をしていて、ボクもその中で歌っていた。

 体育館に歌っていた音が反響していた。

 それくらいだけれども、そんな感じのものが記憶の中に。

 やがて、最後の和音が鳴る。

 音が消えて、余韻だけが残った。

 一拍遅れて、拍手が起こった。

 大きすぎない拍手。

 でも、温度のある音。

 ロランスが、すぐ隣で小さく息を吐いた。


「……ね」


 囁くような声。


「なに?」


「来てよかったね」


 それだけ。

 ボクは前を向いたまま、頷いた。


「うん」


 礼拝堂を満たしていた音は、もう消えている。

 でも、胸の奥にはまだ残っていた。


(非日常だったけれど、壊れなかった)


 ちゃんと、ここに戻ってこられる。

 そう思えたから。

 拍手が静まる頃、ボクはもう一度、深く息を吸った。

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