ボク、今日のお昼で詰みそうです
昼の鐘が鳴っても、今日は鳥の声さえ遠い気がした。
学院の中庭なら、いつもだったら令嬢達の笑い声と紅茶の香りで満ちている。
けれど今日は違っていた。
誰もが、ただ一人の生徒の周囲を避けているから。
笑い声も、カップの音も、まるで別の世界の出来事みたいに聞こえる。
その生徒ーーボク、ポラリス・バルカナバード。
(やばい。なんか空気が重い……昼休みなのに、全然気楽じゃないんだけど……!)
パンを食べながら、周囲をきょろきょろと見回しても、誰も近づいてこない。
ちらりと見れば、グループごとにこちらを見ながらひそひそと話している。
お弁当を落とした方が、まだマシってくらいの居心地の悪さ。
マンガとかアニメとかであるような、いわゆるぼっちで食べるお弁当って、こんな感じなのかな。
牛肉のスープが味気ないし、パンだって……
(こういうの、マンガでみたことあるけど……まさか異世界で体験するとは思わなかったよ!)
「まあ、ポラリス嬢」
ため息をつきながらスープを啜っていると、柔らかな声が響いた。
振り返ると、陽光を受けて金髪が煌めくアデリナ様。その一歩ごとに花弁が舞うような気さえする。
けれど、その笑顔の奥には、冬の湖みたいな冷たさがあった。
学院で最も注目される”ヒロイン”。
いつものように完璧な笑顔を浮かべながら、ボクの前に立った。
「昨日はおめでとうございます。殿下に選ばれまして」
「え、えっと……ありがとうございます……?」
どう答えて良いのかわからず、ボクは引きつった笑みを返した。
昨日、アデリナ様には控え室で詰められたんだけれども……
周囲の令嬢達が息を呑む。
「ふふ。殿下のお眼鏡にかなうなんて……一夜あけて考えましたが、私からしても素晴らしいことですわ。ねえ、少しーーお話しません?」
その一瞬、周囲の空気がぴたりと止まった。
紅茶を注ぐ音さえ消える。
笑顔のまま差し出される手。
昨日はあんなに修羅場を演出していたのに、こんなに態度が変わるなんて……
逆に怖い。
よく見ると笑顔を見せているアデリナ様の目の奥にあるのは、祝福ではなく探り。
まるで”本当にあなたがふさわしいの?”と問い詰めるような輝き。
(や、やめて、その目……怖い……! ……やばい、このお誘い、絶対にただの雑談で済まない……昼休みが終わる頃には、ボクの運命も終わってる気がする……!)




