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小学生男子だった僕、悪役令嬢の取り巻きに転生したのに、舞踏会で料理を食べてただけで王子様に選ばれました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第85話 楽な服の楽な距離

 散歩をしている途中、午後の空気は思っていたよりも柔らかかった。

 雲が薄く流れていて、日差しも強すぎない。

 風がスカートや袖を揺らしている。


「この時間、好きだよ」


 ロランスが歩きながら言っていた。

 微笑んでいて初夏の日差しに似合っている。


「授業がない日の午後?」


「うん。みんな、ちょっとだけ気が抜けてる感じ」


 確かに、すれ違う生徒も少ない。

 急いでいる人はいなくて、足音も軽い。

 のんびりとした感じ。

 歩調が合っていて、靴音が同じリズムで続いていることに気がついた。


「ポラリスさんは?」


「え……」


 考えてから答える。


「朝か、夕方かな」


「どっちも静かだね」


「うん。考え事してても、怒られない時間」


 ロランスがくすっと笑った。


「それ、すごくポラリスさんらしい」


「えっ、そう?」


「うん。騒がしいと、顔に出るから」


(また顔の話)


「そんなに分かりやすいかな」


「分かりやすいよ」


 即答だった。

 ロランスって、色々とボクの事を見ているよね。

 中庭の端を回って、植え込みの横を通る。

 小さな花がいくつか咲いている。


「あ、これ」


 ロランスが足を止める。


「去年も、ここに咲いていたね」


「覚えてるの?」


「うん」


 植え込みだから、この辺りに咲くのは分かるよね。

 でも何が咲いていたって、小さな花だから覚えるのって難しいかも。


「ポラリスさん、踏まないように避けてた」


(そんなこと、してたっけ)


 思い出せない。


「無意識だと思うけどね。でも、植え込みの中だから踏まないけれど」


 それなら覚えていないのも分かる。

 また歩き出す。


「ロランスは、よく覚えているね」


 ボクなんてそこまでこの世界の事を覚えていないのに。

 忘れちゃったのかな。


「覚えたいことだけ」


 少しだけ間が空いた。


「……昨日のことも?」


 つい、訊いてしまった。

 ロランスは一瞬だけ考えてから、肩をすくめる。


「うん。でも、細かいところは忘れるよ」


「細かいところ?」


「誰が何て呼んだとか、そういうの」


 代わりに、と付け足す。


「楽しかった顔は覚えてる」


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「それで十分でしょ」


「うん」


 校舎の影が長く伸びてきていた。

 歩幅も自然に揃っている。


「ねえ」


「なに?」


「今日は変な事、起きてないね」


「そうだよね」


 ボクはロランスの言葉に同意する。

 ゼナイド様に呼ばれて、フェリックス様と会話したくらい。

 変な事と言えばそうかもしれないけれど、考えてみたら変すぎる事は起きていない。

 ボクだけの出来事だから、ロランスにとっては、変な事は起きていないかな。


「昨日より、静かだね」


「だよね」


「それが一番だよね」


「うん」


 二人で、ほとんど同時に言って、少し笑った。

 会話は続いているのに、無理に言葉を探さなくてもいい。


(ああ)


 これだ。

 ときめきでも、緊張でもなくて。

 ただ、隣を歩いているだけで整う感じ。

 昨日は、こんな風に歩くだけで精一杯だった。

 今日は、考えなくても足が前に出る。

 ボクは、歩きながら思った。


(こういう時間、ちゃんと覚えておこう。上書きされやすいから)


 名前も、評価も、立場も関係ない。

 ただの午後の散歩。

 かき消されないために。


 それだけで、今日はもう十分だった。

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