第80話 ゼナイド様の呼び出し
次の日も学院は休み。
だから昨日よりも熟睡していたと思う。
そりゃあ、昨日は王都へ遊びに行っていたけれど、少年服で呼称事故が起こりまくりだったから。
ロランスが彼女ムーブしていたし。
「よく眠れたね」
起きたとき、そんな感想が出てきた。
ボクは私服姿で食堂へやってくる。
熟睡していたとはいえ、朝ご飯の時間には間に合ったけれど。
朝ご飯のパンを食べてスープを飲みながら、昨日とは変わってのんびりとした過ごそうとした。
「おはようポラリス、この時間に食べているのね」
背後から、聞き慣れた声が。
「おはようございます、ぐっすり寝たんです」
振り返らなくても分かる。
ゼナイド様だ。
ボクは振り返って、ゼナイド様と対面する。
「それは良かったわね」
ゼナイド様の表情を見てみた。
扇子を口元で隠しながら微笑んでいて、いつもの感じだった。
「ねえこの後少し、時間をいいかしら」
周囲には遅めに朝ご飯を食べている令嬢も居たけれど、ゼナイド様は特に声を落とすこともなく、静かにそう言った。
命令でも、相談でもない。
でも断れる雰囲気でもない。
「分かりました」
そう答えると、ゼナイド様は頷いてゆるやかに仰いだ。
「急がなくてもいいわ、ちゃんと食べてから来なさい。中庭で待っているわ」
ゼナイド様はそう言って、食堂を出ていった。
もう朝ご飯は食べていたんだ。
そりゃあそうだよね。ゼナイド様って完璧だから。
今日のボクが遅いだけ。
とりあえず少しだけペースを早めて、朝ご飯を食べ終える。
ボクはゼナイド様が言っていた中庭へ向かうことにした。
(やっぱりあの事かな?)
考えてみたけれど、呼ばれる理由に心当たりがありすぎる。
中庭にはゼナイド様が待っていた。
「お待たせしました」
声を掛けると、ゼナイド様はこちらを振り返る。
いつものように、背筋が伸びていて、表情は落ち着いていた。
「昨日、街に出たそうね」
(即、核心)
「はい」
否定のしようがない。
むしろ、隠すつもりも無かった。
王都へ出かけること自体は、おかしいことじゃないから。
「少年服で」
一言、付け足される。
この情報が重要。
(やっぱり、そこも把握済みだ)
「……はい」
怒られるかと思った。
注意されるかとも思った。
令嬢なのに少年服で出かけるっていうのが、ゼナイド様の琴線に触れる可能性もあるから。
でも、ゼナイド様はため息すら吐かなかった。
「騒ぎになっていないわ」
それだけ言ってから、少しだけ間を置く。
「呼称事故は多発したようだけど」
(把握範囲、広すぎない?)
誰が報告したんだろう。ロランスかな、それとも他の取り巻きかな?
心の中でツッコミを入れつつ、表情は保つ。
「……申し訳ございません」
形式的な謝罪。
でもゼナイド様は首を振った。
「謝る必要はないわ」
「え?」
思わず声が出た。
「貴女は、わたくしの取り巻きよ」
静かな声。
でも、はっきりとした言葉。
「取り巻きが外でどう振る舞うかは、わたくしの評価にも関わる」
そこで一度、視線が鋭くなる。
「だからこそ、言っておくけれど」
ゼナイド様はボクをまっすぐ見た。
「貴女は、誰かに笑われてはいなかった」
「はい」
「困惑はされていたけれど、否定はされていなかった」
そこまで、把握している。
本当、誰が報告したんだろう。
「それは、貴女が”取り巻きとして”振る舞っていたからよ」
(取り巻きとして……?)
疑問が顔に出たのか、ゼナイド様は続ける。
「派手に振る舞わない、誰かを煽らない、自分を誇示しない。でも、怯えもしない」
一つずつ、整理するように。
ボクに優しく話していく。
「それが、わたくしの取り巻きに求める最低条件」
ゼナイド様は、少しだけ口元を緩めた。
「昨日の貴女は、それを満たしていた」
(合格、ってこと?)
胸の奥が少しだけ軽くなる。
「だから、止めない」
でもゼナイド様はただし、と続けた。
「次はロランスの言ったとおり、もう一段”誤魔化し”なさい」
(そこは一致してるんだ)
「貴女は目立つ自覚が足りない」
「はい」
否定できない。
ボクは目立たないって思っているし。
「最後に一つ」
ゼナイド様は、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
「貴女が”楽な顔”をしていたと、報告が上がっているわ」
(報告!?)
一瞬、心臓が跳ねた。
だから誰が報告したの!?
(取り巻きとして、じゃなくて? ポラリスとして見られてたわけじゃ、ないよね)
「それは、悪いことじゃない」
すぐにそう、付け足される。
「取り巻きが壊れていては、主は立てないから」
それだけ言って、ゼナイド様は踵を返す。
「今日の件は、ここまで」
「はい」
去り際、振り返らずに一言。
「次に街へ出る時は、わたくしにも知らせなさい」
(え、それ監視対象!?)
「許可は要らないわ」
即、補足。
「把握しておきたいだけよ」
ゼナイド様がそう言って、扇子をゆっくりと閉じた。
(把握しておきたい、だけ。それを言える人が、どれだけいるんだろう)
それが、ゼナイド様なりの”気遣い”なのだと、なんとなく分かった。
ゼナイド様が去った後。
ボクは、静かに息を吐いた。
(……怒られなかった)
安心して、ちょっと肩の力が抜ける。
(むしろ、見られてた。しかも、取り巻きとして評価されてた)
胸の奥に、妙な安心感が残る。
(ゼナイド様の取り巻きって……意外と、自由度が高いね)
よくある悪役令嬢の取り巻きって、厳しいことが多いから。
絶対そういうわけじゃないんだね。
そう思いながら、ボクも中庭を後にした。




