第76話 少年服でのお出かけ8
(ちょっと待って)
スコーンを口に運びながら、ボクは必死に平静を装っていた。
装ってはいる。
している”つもり”だ。
スコーンの甘さも感じているから、平静なはず。
(待って待って待って)
今の状況を確認しよう。
少年服、喫茶店、ロランスと二人、周囲からカップル認定、年上彼女×年下彼氏構図、本人ノリノリ。
(詰んでない?)
ミルクティーを飲む。
少しだけ冷めているけれど熱い。
でもそれどころじゃない。
(ていうかさ、なんでロランス、こんなに自然なの!?)
手を差し出すのも、半分こするのも、距離感も。
全部、”慣れてる人”の動きなんだけど!?
ちらっとロランスを見る。
あ、余裕の顔。
完全に年上彼女。
(こっちは必死に呼吸してるんだけど!?)
またスコーンを食べる。
(甘い)
うん、甘いけれど、状況が甘くない。
これ、どこで修正入れるべき?
(違います、って言う?)
今さら?
この空気で?
無理。
絶対『照れてるだけ』って思われる。
隣の席の視線を感じる。
あ、今の視線。
完全に『若いのに可愛い彼氏ね』枠。
(違う! 元は! 男の子だったけど!)
……いや。
それを言ったら余計ややこしい。
今は令嬢だけど、ボクの前世は別の世界で小学生の男の子でした。
だから少年服を着ていますって。
誰にも信じてもらえないよね。
ロランスにだって当然。
内心で頭を抱える。
というか、ロランス。
(寄宿舎で黙認は今日までって言ったよね!?)
街ではアリなの!?
ルールどうなっているの!?
訊きたいけれども、よけいにややこしくなりそう。
ロランスが紅茶を置く音がした。
「どうしたの?」
来た。来ると思った。
「顔、真っ赤だよ」
(知ってるよ!)
原因、ほぼ100%君だって。
熱い感覚も分かっているよ。
「ううん、平気」
ボクははにかんで誤魔化す。
(平気なわけ、あるわけないよ!)
心で自分にツッコんでいた。
内心、さらに加速。
坊ちゃん呼びされて、ナンパされかけて、文房具屋で素が出て、殿下に会って、年上彼女ムーブされて。
これ、一日で起きていいイベント数じゃないよね!?
RPGなら、ボスラッシュだよ!
乙女ゲームだって、こんなに無いはず。
でも。
ロランスの横顔を見る。
でもさ。
ちゃんとフォローしてくれて、守ってくれて、楽しそうで。
否定も、拒否も、しない。
(……ずるい)
内心、ため息。
こんなの落ち着けるわけないじゃん。
ボク、元男の子だよ?
それなのに”彼氏ムーブ”受け入れてるのおかしくない?
無事にボクが高校生とか大学生になれてたら、こういう感じでデートみたいな事も体験できたよ。
ロランスみたいな女の子と一緒に、カフェへ行くのだって出来たし。
(……おかしいよね)
なのに、胸の奥が少しだけあったかい。
それにもし、元の世界で過ごしていたら、こんな休日は無かったのかもしれない。
ああもう。
(今日一日、ずっとツッコミ役なんだけど)
ロランスが楽しそうだから、止められないのが一番の原因。
結論。
今日のMVP:ロランス。
敗者:ボク。
完全敗北。
紅茶を一口飲んで、ボクは静かに思った。
(……帰ったら、絶対ベッドに倒れ込もう)
そして天井に向かって叫ぶ。
(「ボクは何者なんだー!」って)
舞踏会でゼナイド様に言われたときのことと似た感じ。
状況は違っているけれど。
でも多分……
(また次も、同じ格好で出かけちゃうんだろうな)
悔しい。
もしかすると、これがボクのアイデンティティだから。
ボクは残った紅茶を飲んでいく。
指先が、まだ少しだけ熱を持っている気がした。
(……とりあえず今日は、考えるのやめよう)




