第75話 少年服でのお出かけ7
少しして、ミルクティーとスコーンが運ばれてきた。
湯気がふわっと立ち上がる。
「お待たせいたしました」
今度は、店員は呼称を一切使わなかった。
(成長が早い)
とりあえずボクはミルクティーを飲んでいた。
甘い味が口の中に広がっていく。
ロランスはスコーンにジャムを塗ってから食べていた。
少しして、ロランスが話しかけた。
「……ねえ」
ロランスが、ひそっと身を乗り出してくる。
「なに……?」
「さっきから、隣の席の人」
視線で示された先。
そこには年配の女性の二人組。落ち着いた服装をしている。
「なに……?」
「ずっと、あたし達のことを見てる」
「えっ」
さりげなく視線を動かすと、確かにこっちをちらちらと見ていた。
「たぶんね」
ロランスが、悪い笑顔で続ける。
「”年上の彼女と年下の彼氏”だと思われてる」
「は?」
恋人だけじゃなくて、年齢の上下だって追加されている。
「坊ちゃん呼びとあたし即お嬢様認定の結果だね」
(組み合わせ事故、誇張されてない!?)
ロランスが年上で、ボクが年下。
そう見えているんだ。
で、その瞬間。
「ねえ、可愛い彼氏さんね」
隣の席から、柔らかい声。
(来た!!)
ロランスは一瞬で表情を切り替えた。
「ありがとうございます」
(受け入れた!?)
しかも自然に、ボクの方を見て。
「この子、緊張しやすくて」
(彼氏ムーブやめて!)
「えっ、あ、いや、その……」
完全に詰まるボク。
「ほら」
ロランスがさらっと。
「スコーン、冷めるよ?」
皿を寄せてくる。
距離、近い。
(ロランス、絶対わざとだ)
スコーンを受け取ってかじった瞬間、思ったより大きくて、少し慌てて噛み直した。
隣の席の女性達は、満足そうに頷いていた。
「初々しいわねぇ」
(誤解が完成してる)
去り際、ロランスが小声で。
「ね?」
「なに……」
「坊ちゃん呼び、案外悪くないでしょ」
(悪いか悪くないかの判断基準が崩壊してる)
ボクはミルクティーを一口飲んで、深呼吸した。
(ダメだ。今日のロランス、完全に遊んでる)
でも。
ロランスが楽しそうなのも、本当だった。
(まあ、笑ってるなら、いいか)
そんなことを思ってしまった時点で、もう一段、深みに入っている気がした。
ロランスは紅茶を一口飲んでから、わざとらしく首を傾げた。
「ねえ、ポラリスさん」
「な、なに……?」
嫌な予感しかしない。
「甘いのと苦いの、どっちがいい?」
「え?」
「スコーン、半分こしよっか」
(は、半分こ!?)
「でも、ボクもスコーンあるんだけど」
「ポラリスさんは食べるのが好きでしょ? だからね……」
自然すぎる手つきで、スコーンを割る。
「ほら、こっち。ジャム多め」
「……え、あ、ありがとう……」
(これ、完全に彼氏扱いされるやつじゃん!)
隣の席。
「見た?」
「うん」
「確定」
(その確定やめて!)
「……変な視線、飛んでこないでしょ。今の方が」
ロランスは楽しそうに微笑む。
「どう? 足りる?」
「た、足りるよ……」
(スコーン、1.5人分だからね)
「遠慮しなくていいのに」
今度は、机の下で軽く足が触れる。
「っ!?」
「ごめん、狭くて」
(絶対わざと!!)
さらに追撃。
「帰るときも、一緒に歩こっか」
「えっ!?」
何回も歩いているのに、今ロランスが言っていた事に、顔を紅くしてしまった。
「ほら、年下彼氏って設定なんでしょ?」
(設定じゃなくて、誤解だから!)
耳元で囁く。
「ちゃんとエスコートされなきゃ」
「……っ」
顔が熱い。
完全に熱い。
隣の席。
「ねえ、あの彼女、余裕があるわね」
「年上の強さ」
「あら、羨ましいわ……」
(羨ましがらないで!!)
ロランスは満足そうに紅茶を飲む。
「大丈夫だよ」
微笑んでいるロランス。
「なにが……」
「ポラリスさん、ちゃんと”可愛い彼氏”しているから」
(褒められてるのか、からかわれてるのか分からない!)
でも。
逃げられない、否定できない。
否定したら説明地獄。
(……これ、完全にロランスの手のひらの上だ)
ロランスは最後に、にこっと笑った。
「さ、彼氏さん。紅茶冷めるよ?」
(やめてぇぇぇ!!)
ーーなのに。
(ちょっとだけ、楽しいのが悔しい)
楽しい、だけで終わらせていい休日だったっけ。




