第70話 少年服でのお出かけ2
パンを食べ終わって、また通りを歩いていると、パンとは違う香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「……あ、串焼きだ」
屋台の前に立つと、屈強そうなおじさんが顔を上げる。
異世界の王都にもこんなお店ってあるんだ。
「いらっしゃい! 坊ーー」
そこで一瞬、言葉が止まっていた。
途中までは服を見ていたんだろうね。
「……お、ぼっ……」
視線が、服→顔→髪→服と忙しく往復する。
令嬢なのか子息なのか分からなくなっているみたい。
「えっと……」
(迷ってる、すごく迷ってる!)
おじさんでもどう返答していいのか悩んでいる。
「そ、その……お客さん?」
(無難なところ来た!)
お客さんだったら、令嬢だったとしても子息だったとしても違和感がないからね。
それで良い気がする。
「一本ください」
ボクがそう言うと、おじさんは少しホッとした顔で串を差し出した。
「はいよ! ……熱いから気をつけーー」
言いかけて、また止まっていた。
やっぱり迷っているんだ。
「……坊ちゃん」
で、言い切った。
(決めたんだ)
その決断、人生で一番真剣だったんだと思う。
受け取る瞬間、指が触れないように慎重すぎる動き。
「……ありがとうございます」
それでもボクは受け取った。
串焼きの温かさが手に伝わってくる。
「……ああ」
去り際、背後から小さな声。
「最近の貴族の子息は、綺麗だなぁ……」
(その評価、性別はどこ行ったの。もう顔面スペックだけで生きていく職業みたいになってる)
串焼きをかじりながら、ボクは思う。
おじさんは最終的に、ボクを子息って思っているんだ。
それで良いかな。
(今日の街、呼称が全部”暫定”なんだけど)
でも。
「……美味しい」
熱々で、肉汁がじゅわっと広がる。
お肉は柔らかくて、食べやすい。
(まあ、呼び方は迷われてるけど。扱いはちゃんと”優しい”から、いっか)
そう思って、もう一口かじった。
肉の香りが口の中に広がる。
串焼きを食べながら歩いていると、足元から声がした。
「ねえ」
下を見る。
そこに居たのは、小さな男の子だった。
まだ幼くて、手には木の玩具。
もしかしたら、転生する前のボクと同じくらいかもしれない。
「おにいちゃん」
(来た)
この子は完全にボクを男の子って見ている。
でも悪くないかな。ずっとずっと前に呼ばれていたし。
「それ、なに食べてるの?」
無邪気な瞳。一点の曇りもない。
(……訂正しようかな?)
一瞬、考えた。
男の子だって認識されているのも悪くないけれど、今のボクは女の子だから……
(お姉ちゃんです、って言う? でも服は少年服だし……ていうか今、否定する理由はある?)
「串焼きだよ」
結局、食べているものに対する答えを返した。
何を食べているって訊かれていたから。
「へぇ!」
男の子はぱっと笑った。
良い笑顔だね。
「おにいちゃん、きれいだね!」
(ストレートすぎない!?)
食べ物に対するものかと思ったら、ボクの容姿について言われた。
「……ありがとう?」
返事に疑問符がつく。
会話がかみ合っているのかかみ合っていないのか、分からない状態。
すると、少し後ろから慌てた声。
「こらっ、勝手に話しかけちゃだめでしょ!」
母親らしき女性が駆け寄ってくる。
「すみません、この子……」
そして、ボクを見る。
止まる。
貴族の子息かと思ったら、何か違っているから。
「……あ」
(今度は大人判定タイム)
母親の視線も、服→顔→髪→表情と一週してから、柔らかく微笑んだ。
優しい表情。
「……坊ちゃん、でしたかしら?」
(坊ちゃんで通す流れだ)
男の子も『おにいちゃん』って言っていたから、母親もこうなったらっていう感じなのかな。
「はい」
ボクは反射で答えていた。
こんなにあっさりと言えるなんて。
(あれ?)
男の子が不思議そうに首を傾げる。
「でも、顔はおねえちゃんだよ?」
(核心突かないで)
今更ボクを『おねえちゃん』って認識しないで。合っているんだけど。
何とか『おにいちゃん』って通せたと思ったのに。
「こら!」
母親が慌てて口を塞ぐ。
これ以上はややこしくなりそうだからね。
「失礼しました、本当に……」
「ううん、大丈夫だよ」
そう言うと、母親はほっとした顔で頭を下げた。
去り際、男の子が振り返って手を振る。
「ばいばい、きれいなおにいちゃん!」
(称号が更新された)
なんとかこの男の子には、『おにいちゃん』で押し通せた。
その背中を見送りながら、ボクは串焼きをかじる。
(……”おにいちゃん”か)
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
(って、今ときめくところじゃないよね!?)
いやいや、決してボクがあの男の子にときめいた訳じゃないから!
それにボクがボク……というものないから!
(でも……悪く、ないかも)
前世の妹が言ってくれていたから。
でもすぐに、我に返る。
(いや、良くはないよね!?)
今のボクは令嬢なんだから。
自分で自分にツッコミを入れながら、ボクは街を歩き続けた。
(この格好のまま、知り合いに会わなければいいんだけど)




