第7話 静かな戦場
「はぁ……」
翌朝、ボクは学院に暗い気持ちで登校する。
休みたかったけれども、よけい噂になりそうだから行くことにした。
どっちにしても変わらないかもしれないけれど。
(ああ、やっぱり……)
学院は、まるで戦の前後のようにざわついていた。
昨夜は舞踏会だったけれども、噂は一夜にして広がったみたい。
いつもなら笑い声で満ちている中庭が、今日はやけに冷たかった。
足音と囁きだけが響いている。
この学院、情報の伝達速度だけは魔法より速いのかもしれない。
談笑している令嬢達が、今日は三人ずつ固まってひそひそと声を交わしている。
時折ボクを見ながら。
「本当に、殿下がポラリス嬢を選ばれたの?」
「最後の曲だったそうよ。つまり”婚約候補”よね……?」
「え、でもあの子、取り巻きでしょ? ゼナイド様の」
学院中がこの話題一色。
教室でも明らかにボクの話題になっているみたい。入る前だけれども、明らかにボクを遠目に噂している。
昨日の舞踏会で最後の曲に、殿下がボクを選んだって。
ああ、一夜で学院で最も注目される存在になっちゃった。
ーーもちろん、良い意味ではない。
「お、おはよう……」
教室に入ると、空気が変わる。
昨日まではゼナイド様の取り巻きとして普通に話しかけられていたのに。
この挨拶だって、返ってくるのは微笑ではなく、うっすらとした沈黙。
まるで『どちら側につくのか』を見定められているような感覚。
「……あら、ポラリス嬢。今日は早いのね」
令嬢の一人が話しかけてきた。
(”今日は”ってなに!? 昨日まで普通だったじゃん!)
「ま、うん……」
「もし遅刻してばかりですと、殿下に見放されてしまいますからね」
明らかにボクを牽制している。
むしろこんな細かいところまで、昨日の出来事のおかげで変わっちゃうなんて。
しかもゼナイド様派閥の人達があからさまに、席を詰めてボクの座席を遠ざけようとしていた。今までなら取り巻きの一員として仲良く使っていたのに……
アデリナ様側は、この様子に好奇心と優越感の混じった目で眺めてくるし。
「あの子、本当に殿下と……?」
「でも、最後の曲で踊ったのは事実らしいわ」
「運が良かっただけでしょ」
(本当に運が良かっただけにしてほしかった……)
それなら、ここまでの状況にならないし、ボクも安心できるから。
「ポラリスさん、おはよう」
「あっ、ロランス。おはよう」
同じくゼナイド様の取り巻き、ロランスがやってきた。
周りとは違っていて、牽制しようとする様子はなくて、少し安心する。ゼナイド様の取り巻きなんだけれどね。
「昨日は眠れたの?」
「ううん。あんまり……」
ボクは女の子になっているから、気をつけないといけないけれど……
芯星としてゲームで夜更かし以上に顔とかへ出てきちゃうから。
「大丈夫だからね、こんなの。気にしなくても」
「そうなの?」
心配してくれているのかな。
「とはいっても、ポラリスさんの事だから……気になっちゃうよね」
「うん……」
こんなに噂話をしていて、好奇な目で見ている。
そんなの……
「ロランスはどうなの? 君も殿下を狙っていたと思うけれど」
「そう言われたら、そうだよ。あたしだって、舞踏会で殿下と踊りたかったし、殿下と結ばれたい」
あっさりと認めていた。
だよね、舞踏会で思っていた通り。
「正直複雑な気持ちだけれども、ポラリスさんが選ばれたんだったら、応援したい」
「本当に?」
「うん。矛盾しているかな?」
「していないと思うよ」
笑いかけられると、胸の奥が変にくすぐったい。
あれ、これが”女の子の照れ”ってやつ……?
いや違う違う、ボクは小学生の男子だから!
変な考えを振り払って、ロランスの問いに答える。
「ありがと。だからね、元気出して」
「……こちらこそ、ありがとう」
ロランスに励ましてくれた。
それで少しだけ元気が出てきたような気がする。
「あっ、ゼナイド様。おはようございます」
「お、おはようございます……!」
教室にゼナイド様がやってきた。
いつもと変わらない……と思う様子でボク達の前に見せていた。
ゼナイド様が一歩近づくだけで、周りの令嬢達が息を潜める。
その空気が痛いほど分かる。これが学院の”序列”なんだ。
「二人ともおはよう」
そしてボクに閉じた扇子を向けてきた。
「ポラリス、どうだったかしら。一夜明けてみて」
「し、信じられないです……」
こんな感想しか出てこない。
昨日のことが夢であってほしいくらいに。
「そうよね。取り巻きだった貴女が一夜にして、殿下の寵愛を受けたのだから。信じられるわけ無いわよね。しかも、『絶対に踊れますよ』と送り出した貴女が踊るなんてね」
「え、ええ……あはは……」
苦笑いしか出てこない。
「何か色目でも使ったんじゃないの?」
「つ、使っていません……! ボクはただ……」
「”ただ”気に入られようとした? そう言うんじゃないでしょうね、昨日は踊りじゃなくて食べる方に集中していたのに」
ボクの言葉を遮るように、意地悪くゼナイド様は言ってきた。
「そんな訳ないです……」
「ゼナイド様、大丈夫ですよ。流石にゼナイド様を、蔑ろにするような女ではありませんから」
ロランスがフォローしてくれた。
「ふうん、まあ良いわ。貴女も取り巻きの一人として、わたくしの派閥でいるのよね」
何度もゼナイド様は扇を突きつけてくる。
ちくちくと心でも物理的にも刺さってくる。
「勿論です!」
「ええ。期待しているわ、ポラリス・バルカナバードさん?」
ボクの顔は思っている以上に真っ青になっていると思う。
昨日より冷たい感じを出している。
よほど根に持っているんだ……
「はぁ……」
朝から疲れた……
もう寮に戻って寝たい気分。
でも、これから授業が始まる。憂鬱だなぁ……
(お布団で眠りたい……おにぎりが食べたい……)
でも明日のお昼も、給食じゃなくて貴族の昼食会なんだよね。
(ああ、胃が痛い……!)




