第64話 悪役令嬢の会合
「ポラリスさん、どうしたの?」
「あっ、ロランス」
中庭を出て、寄宿舎へ戻ろうとしたらロランスが駆け寄ってきた。
授業が終わってから時間が経っているんだけれども……
「残ってくれたの?」
「うん。グランニ様と話していたからね」
ロランスがそう言ってくれて、嬉しかった。
話していた……遠くから見ていたって事かな。
「そっか。見ていたんだね」
ボクがそう言った瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
自分でも理由の分からない不安と、ほんの少しの安心が入り混じっていた。
「まあ、どんな会話をしていたかは分からないけれどね」
にっこりとしながらロランスは話していた。
「もし良かったら、夕食のタイミングでゼナイド様達との話し合いがあるけれど、行く?」
「行きたい」
多少話してはいるけれども、この機会にね。
「決まりだね。ポラリスさんは先に食堂で待っていて」
「うん!」
ボク達は一緒に寄宿舎へ戻っていく。
そして食堂の一角で、取り巻き達が会合みたく集まっていた。
取り巻きって、ボクやロランス以外にもいるんだよね。
ゼナイド様はまだ来ていない。
テーブルの空気はどこか張りつめていて、ほかの取り巻き達が時おりボクとロランスをちらりと見ていた。
その視線には、羨望とも緊張ともつかない色が混ざっていた。
ボクは野菜の煮込みを食べながら、ゼナイド様がやってくるのを待った。
食べない方が良いかもしれないけれど、ボクにとってはそれは待っていられなかった。
「もう食べるのね。バルカナバード嬢らしいわ」
目の前に座っている令嬢が、ボクを見て呟いていた。
この人もゼナイド様の取り巻き。
「やっぱりポラリスさんは、食べているのも可愛いね」
「そ、そう……?」
ロランスにそう言われて、ちょっと恥ずかしくなっちゃう。
気がついたら、顔が紅くなっていた。
「いいなあ……ポラリスさん達は、ゼナイド様に一番近い位置にいられて」
令嬢のそんな声が小さく聞こえて、思わず背筋が伸びた。
「そ、そう……?」
「ポラリスさんは美味しいタイミングを逃したくないよね」
「うん……」
ロランスは微笑みながら、ボクが食べているのを見ていた。
「待たせたわね」
「い、いえ……!」
「ゼナイド様、お疲れ様です!」
しばらくして、ゼナイド様がやってきた。
嬉しそうな表情をしている。
「ポラリスは先に食べているのね。まあ良いわ、食べてても問題ないわ」
「えへへ……」
ゼナイド様はボクを見て呟いていた。
ちょっと恥ずかしくなっちゃう。
「では今日は、グランニ嬢がネーヴェラから戻ってきた事よ」
やっぱりそうなるよね。
ボクにとっては初めてだけれども、アデリナ様の幼馴染みみたいだから。
「あの方ってどんな感じなのですか?」
令嬢の一人が質問する。
「アデリナ嬢の幼馴染みであり、ネーヴェラの公爵令嬢」
「ネーヴェラって事は、自分の国に戻っていたのでしょうか?」
矛盾するような感じ。
「ええ。ネーヴェラの専門学院へ行っていたのよ。ただ彼女が育ったのは、この国にあるグランニ公爵領の飛び地だった。だからこそ、アデリナ嬢と同じ学院で学び、同じ時間を過ごしていた」
不思議な感じがする。
ゼナイド様はさらに続けた。
「グランニ嬢だけでそこまで大きな争いにはならないけれど、アデリナ嬢の事になったら、厄介になるわ」
ブランカ様だけだったら良いけれど、アデリナ様の事になるとブランカ様は恐ろしくなるのかな。
「あの方は、一見穏やかでも判断が鋭いの。些細な綻びでも見逃さないわ……敵に回せば、面倒どころでは済まないでしょうね」
「つまり、アデリナ様の接し方に気をつけないといけないって事でしょうか?」
「ええ。彼女へ接しても良いのは、わたくしかロランス、ポラリスくらいにしなさい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷たくなる。
ボクなんかが、本当にその“許された輪”に入っていいのだろうか。
そんな不安がふっとよぎった。
すると他の取り巻き達がボクやロランスを見ている。
羨ましそうな目線なのかな。
「ただ、下手に腫れ物を扱うような真似をすれば、逆に争いになる。だから礼儀正しく、中立的に」
露骨に無視したり、変な離れ方をする事はダメなのかな。
「あの子は今、ちょっとした一言にも過敏になるわ。だからこそ、刺激より“尊重”を優先しなさい」
(ボクが……アデリナ様の笑顔を曇らせたのかな……?)
そう思っただけで、胸の奥がひどく痛んだ。
「……難しいですが、積極的に絡むような真似はやめよという事ですか?」
考えながら質問している令嬢。
ゼナイド様は扇子を自分の腕へ叩いている。
「そう。アデリナ嬢は心が崩れかかっている状態、わたくしの取り巻き達には、わたくしの顔を潰すような真似だけはやめなさい」
「分かりました」
「下手な事をすればグランニ嬢が黙っていないでしょうね。貴女達はすぐに潰されるわ」
今度は扇子を半開きにしていた。
「気をつけます……」
「うん、ボクも」
「あたしも」
もしかしたらボクだって例外じゃないかも。
下手をしたらブランカ様がボクを破滅させる可能性だってあるから。ゼナイド様ごと。
「ポラリス、貴女は特にね。グランニ嬢と話したみたいだから」
ロランスが報告したんだ。
そりゃあするよね。
「見守ってって言われた」
「まあ、わたくしが言ったことと変わらないですわね」
さっき言ったような感じ。
でもゼナイド様の指示よりも柔らかくなっているのだと思う。
ロランスは、小さく笑いながら言った。
「ねえ、ポラリスさん。あなたは優しいよ。だからこそ、誰かがちゃんと支えてあげないとね」
「殿下との距離感、それは気をつけなさいな。今彼女はそれで壊れかけているのだから」
殿下の名前が出ただけで、胸がざわめいた。
その反応が何なのか、自分でもまだよく分からなかった。
「でもどうすれば……」
難しいから、避ければ良いのかなって思っちゃう。
「あなたには悪意が無かったとしても……殿下の心は、周囲を動かすの。でも避けすぎれば、殿下の心を損ねるでしょうから、近すぎず遠すぎない形で話しなさいな」
「うん……」
「大丈夫。殿下が近づいたら、ポラリスさんは一歩下がれば良いの」
ロランスが優しくアドバイスをしてくれた。
アデリナ様のためにはこうしないと。
ボク自身だって、ボクよりもアデリナ様が結ばれてほしいって思っているし。
「……それにしてもグランニ嬢。あの落ち着きと眼差し……思っていた以上に手強そうですわね」
ゼナイド様の扇子が、静かにぱちんと閉じられた。
「では、これくらいに。貴女達もお腹が空いているでしょうから」
簡単な会合はこれで終わった。
ボクは最初は食べながらだったけれども、途中から手を止めていた。
気がつけば、胸の奥がじんわり熱くて、落ち着かない。
今日だけで、心がいくつも揺さぶられた気がする。
だからまた食べていく。
心を落ち着かせるために。
うん、まだ冷めきっていないから、美味しいね。




