第62話 ブランカとポラリスの初会話
「アデリナ様、大丈夫なのかな……?」
授業はブランカ様がやってきたことで、一旦中断しちゃった。
でも、二人が出ていったことでまた再開している。
それにしても、あんなに涙を流してブランカ様と教室から出ていったけれど、どうしているのかな。
多分医務室にいるんだよね。
「後で行ったらいいよ」
隣に座ったロランスが小声で囁いた。
「そうだね」
今は授業に集中しないと。
さっきの様子を見ていた令嬢達は、アデリナ様やブランカ様についてひそひそと話したりしていた。
「急にグランニ嬢が戻ってくるなんて」
「アデリナ嬢が呼び戻したんじゃない?」
それでもハンナ先生がコホンと咳き込んで、令嬢達は意識を授業に戻していく。
この後は、特に大きな問題が起こるわけでもなく、授業は終わっていった。
ボクはアデリナ様の事が気になって、医務室へと向かっていった。
医務室の近くに来たんだけれども、ドアが開いてブランカ様が出てきた。ボクへ一礼をする。
「ぶ、ブランカ……様?」
「あなたが……ポラリス・バルカナバード嬢ですね?」
微笑まないでボクに話しかける。
「う、うん……」
名乗ってはいないけれども、ブランカ様はボクの事を知っていた。
どうしてなんだろう。
でも否定することはないから頷く。
「アデリナは今、眠っているわ。ここでは彼女が起きるから、中庭へ行きましょう」
「分かった」
ブランカ様に言われ、中庭へ。
そしてそこで話し合うことになった。
「私はブランカ・アクアエ・グランニよ。アデリナの幼い頃からの親友で、ネーヴェラ公国の学院に留学していたの」
自己紹介をしたタイミング、ブランカ様は一礼した。
「改めて、ボクはポラリス・バルカナバード。ゼナイド様の取り巻きです」
「そうらしいですね。あなた、殿下と話した後から、心の波が揺れているわね」
ブランカ様はまるで心の内側を覗き込むような瞳で言った。
(えっ……どうして分かるの……?)
「あなた、リュカ殿下との婚約候補らしいですわね」
「……そこまで知っているんだ」
ブランカ様は、そんなところまでボクの事を話していた。
どこで知ったんだろう。
「アデリナから手紙などで知ったの」
ブランカ様に連絡を取っていたんだ。
「あと、この学院の噂は、想像以上に早く届くものよ。殿下があなたに見せた笑顔も、上級生の間では話題になっていたわよ」
(そ、そんな……もうそこまで……!?)
早すぎるでしょ。
「彼女、王太子である殿下と結ばれる事を夢見ていたし、最初に踊れて結ばれると思っていたのに、急にあなたが出てきたって」
「そ、そうです……ボクも踊るって思っていなくて……」
ボクはちょっと申し訳ない感じで、言い訳にもならない事を言っていた。
「今日に関しては、殿下と補講をしていたらしいですね」
「は……はい。あの、殿下が……」
さらにボクは見苦しい感じでだったから、言葉が詰まってしまう。
表情は動かないけれども、柔らかい声を出した。
「いいのよ。私はあなたを責めようって話をしたかった訳じゃないから」
ブランカ様がそう言ったから、少し肩の力が抜ける。
ただボクをじっと見て、話していく。
「ーー授業中のアデリナを、見たでしょう?」
ボクは息を飲んだ。
「……はい。すごく……苦しそうで……」
言葉に頷くブランカ様。
「アデリナがあなたを見ていた理由……分かる?」
「ボクが殿下と……?」
「いいえ。あの子は、自分が揺らいでいる時ほど”自分より強い相手”を確認してしまうの。あなたは今、殿下にもゼナイド嬢にも認められている”新しい軸”。だから、苦しくても目が離せなかったのよ」
(そんな理由で……見ていたの……?)
「あの子は、あなたが思う以上に繊細なの」
「アデリナ様が……」
繊細……
”ヒロイン”って思っていたけれども、そこまで強い感じじゃないんだ。
ただ、よくあるヒロインって感じだったから……
殿下と踊ってから嫉妬していたのは、ちょっとは分かっていたけれど。
「完璧でいようとするあの子は、プレッシャーが常にのしかかっていた。レーゲンスブルク家も完璧であろうと教育していたから。それに彼女自身が完璧でありたかったから」
「そうだったんだ……」
ボクは転生してから学院の寄宿舎での生活が大半だったから、違いなんて知らなかった。
転生前のボクも、家は厳しくなかったし。
ただ完璧でいようとしていたのは、前から分かったけれど。
「今までが順調だったから、起きなかったけれど……あなたが候補に上がったことで不安定になったのね」
「そんな……ボク……」
アデリナ様がそこまで影響を受けていたんだ。
ボクが居たことで、こんな事に……
「あなたを嫌っているわけではないのよ。ただ……心が追いついていないだけ」
追いついていない。
どういう事なの?
「……殿下との補講のことで、なの?」
「それも一つ。でもね、ポラリス嬢……」
同時にブランカ様の声はさらに柔らかくなった。
「あなたは悪くないわ。”殿下があなたを選んで話した”……それだけの事だから」
柔らかい声なのに、はっきりとブランカ様はボクを見ている。
ボクが何も言えずに俯いていると、さらに近づいて真っ直ぐ見つ続けていた。
「ねえ、ポラリス嬢。あなたは、殿下に……特別な感情を抱いているの?」
その直球とも言える問いかけ。
ボクは顔を真っ赤にしてしまう。男の子だったのに、どうして……
「ボクはそ、そんなの……」
言葉が上手く出てこない。
「そんなの……! 分からないよ……! ただ……殿下が優しくて……」
答えていくけれども、言えば言うほど恥ずかしくなってしまう。
感情がないなら普通に答えられるのに。
むしろボクがこんな返答をしているのが、全てだって言っているようなものだった。
ブランカ様はそれを聞いて、ふっと息を漏らした。
怒ってもいないし、呆れてもいない。
その表情はまるでーー複雑な”理解”を含んでいた。
「……そう。なら、今はまだ何も言わなくて大丈夫」
「ごめんなさい……」
ボクはブランカ様に謝罪をする。
ただ表情は変わらないでボクを見つめている。
「謝る必要はありませんわ」
「でも……」
ボクは特別な感情を抱いていないと思いたいけれど、ボクの返事で持っているって示していたから。
「あなたはアデリナを傷つけたいのでしょうか?」
「ううん、そんなつもりはないから!」
ブランカ様の問いかけに、さっきとは違ってはっきりと否定する。
「それで良いんです。アデリナを傷つけるつもりが、あなたにないのなら……私もあなたを敵と思わないわ」
「えっ……」
ボクの返答に頷き、話している様子に、ボクは驚いてしまった。
「でもーーあの子を守るのは、私の役目。覚えておいて」
ブランカ様の声は穏やかだった。
でも、はっきりとした芯を感じてしまう。ボクの何十倍もしっかりとしている。
まるでヒロインを守る女騎士みたいな感じだった。
「だけど一つだけ、頼みたいことがあります、ポラリス嬢。アデリナを、優しく見守っていただけませんか?」
「ボクが……」
優しく見守る……
それがボクにとっては簡単なようで難しく感じた。
「ええ。あなたにしか出来ませんわ」
「うん……」
ボクはその頼み事を頷くしか出来なかった。
難しいけれども拒否する理由がないし、アデリナ様を傷つけるつもりはなかったから。
「うん……」と頷いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
自分でも理由の分からない不安と、どこか嬉しいような痛みが混ざり合っていた。
(でも……どうしたらいいんだろう……)
ブランカ様は頷いたのを確認して、立ち上がった。
「さて、そろそろアデリナが目を覚ますからこれで」
ブランカ様はボクとの話を切り上げる。
空は橙色に染まっていて、夕焼けが綺麗だった。
いつの間にか時間が過ぎていたみたい。
「あなたも、無理はしないでね、見たところ、あなたも充分に”揺れている”わ」
その一言だけ、とても優しかった。
ブランカ様はボクに一礼をして、そのまま医務室へと向かっていった。
ボクは胸に手を当てたまま空を見上げた。
夕焼けの色は綺麗なのに、心の奥はざわついている。
(明日……アデリナ様に、なんて声をかければいいんだろう……)




