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小学生男子だった僕、悪役令嬢の取り巻きに転生したのに、舞踏会で料理を食べてただけで王子様に選ばれました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第60話 アデリナの限界

 補講が終わって教室を出ると、殿下は最後まで優しく送り出してくれた。

 その笑顔を思い出すだけで胸が熱くなる。


(共鳴魔法……あんなにうまくいくなんて……殿下と手を重ねたの、まだ温かいまま……)


 ただ、廊下を歩いている途中、明らかにボクを避けるように令嬢が歩いていた。

 子息がボクを見て笑っていたりした。


(嬉しい気持ちのはずなのに……なんでだろう。胸の奥が、すこしだけざわざわしてる)


 ふわふわした気持ちと不安な感覚が混ざったまま廊下を歩いていたら、ロランスが心配そうに駆け寄ってきた。


「ポラリスさん、大丈夫? 顔が紅いけれど……補講、そんなに緊張した?」


「う、うん……でも大丈夫だよ。殿下が優しくて……」


 言いかけて、ロランスの表情が一瞬だけ曇ったのに気付いた。


「……そっか。それは、良かったけど……」


「?」


 ロランスは何か言いたそうだったけれど、言葉を飲み込んで微笑みに戻した。


「次の授業、こっちに戻るよね?」


「そうだけれど」


「……一つ、忠告してもいい?」


「え? うん……」


 ロランスは小さく息を吸い、声をひそめる。


「今日のアデリナ様……たぶん”限界に近い”。教室に戻ったら、できるだけ刺激しないでね。視線も合わせすぎない方がいいかも」


「そ、そんなに……?」


「補講のことも、もう知れ渡ってる」


 ロランスは視線を伏せた。


「……アデリナ様の心、きっともう自分で支えられないところまで来てる」


 胸がひゅっと冷たくなる。


(アデリナ様……今日の朝の震え方、異常だったもん……)


「そうなんだ……」


 やっぱりさっきの人物もアデリナ様だったのかな。

 そう思いながら、教室のドアに手をかけた瞬間。

 中から、ひそひそ……と落ち着かない声が漏れてくる。


「今日のアデリナ様……目が赤くなっていたよ……」


「殿下の補講のせいよね……」


「もう限界なんじゃ……」


 令嬢達がアデリナ様の話をしている。


「さっき、補講の様子、ちらっと見たんだって」


「それじゃあ……」


 やっぱり見ていたんだ。

 気になりすぎたって。

 でも、仕方ないかもしれない。


(……そんなに、追い詰められて)


 胸がざわつく。でも、何も出来ない。

 扉をそっと開く。

 アデリナ様は席にいた。

 背筋は伸びているのに、手が震えている。

 ボクの姿を見ると……ほんの一瞬、呼吸が止まった気がした。


「……っ」


 そのとき、ロランスが小声で囁く。


「ポラリスさん……”距離を取って”。今はそれが一番の優しさだから」


「……うん」


 ボクはロランスの言うように、アデリナ様とは離れた席へ向かった。

 アデリナ様をできるだけ刺激しないために。

 ただ、授業が始まると、教室の空気はさらに冷たくなった気がした。

 さっきまで震えていたアデリナ様は、無理に背筋を伸ばして前を向いている。

 しかもボクを何回も見ているし……


(大丈夫かな……昨日より顔色悪いよ……)


 黒板の文字を書き写しているみたいだけれども、その手はわずかに震えていた。

 それなのに、アデリナ様は誰にも弱さを見せずに、ペンを強く握りしめていた。


(こっちを見ている? ……違う。まるで“縋る”みたいな……そんな目……)


「では外国の王家における礼儀ですが……」


 ハンナ先生の声が響いた。

 その時、アデリナ様のノートの紙がーーびり、と小さく破れた。


「っ……!」


 小さな破れ音だった。

 でも、教室の空気が張り詰めていたから、その音は異様に大きく感じられた。

 周囲の令嬢達が息をのむ。


「アデリナ様……無理してない?」


「昨日から様子が変だよね……」


 ひそひそ声が広がっていく。


(だめだよ……アデリナ様、このままだと……)


 ボクは思わず少し離れているけれど、彼女の様子を見ていた。

 アデリナ様の肩が小さく上下している。呼吸が浅かった。


「……っ……落ち着きなさい……私……」


 自分に言い聞かせるように呟いていた。

 その瞬間ーー


 ガララッ。


 教室の扉が開いた。

 静まり返る教室に、ひとりの令嬢が姿を現した。

 凛とした立ち姿。

 淡い金茶色の三つ編み。

 留学帰りを思わせる洗練されたドレス。

 そして、その声はーー


「……アデリナ?」


 どこまでも優しく、でも迷いのない響きだった。


(えっ……誰……?)


 ボクは初めて見る令嬢だけれども……

 アデリナ様の肩が、ぴくりと揺れた。


「ブランカ……?」


 その名を聞いた瞬間、教室中がざわつく。


「グランニ嬢……!? 留学中じゃ……」


「今日、帰国って聞いていなかったわ……!」


 ブランカ様は誰の許可を持たずに歩き出す。

 視線はアデリナ様だけに向いていた。

 まるで他の令嬢達も、教授すら存在しないかのように。

 近づくにつれ、アデリナ様の唇が震える。


(アデリナ様……泣いちゃいそう……)


 そしてブランカ嬢はそっと膝をつき、アデリナ様と目を合わせた。


「アデリナ。手が震えているわ、無理しているのね?」


「わ、私は……大丈夫……っ、ですわ……」


「大丈夫なわけ、ないでしょう?」


 ブランカ嬢の声は叱るのではなく、ただ優しかった。


「昨日も今日も……あなたの心、ずっと乱れていたでしょう? 誰より分かるわ、あなたは”完璧でいる時ほど壊れやすい”人だから」


「…………っ」


 アデリナ様の睫毛が震えた。

 涙が落ちそうになる瞬間、ブランカ様がその手をそっと包む。


「ねえ、アデリナ。強がらなくていいの。泣いても、崩れても……あなたの価値は変わらないわ」


 その言葉を聞いた瞬間ーー

 アデリナ様の目から、大粒の涙が零れ落ちた。


「……っ……ブランカ……!」


 あまり人前で見せることが無かったアデリナ様が、ブランカ様の前でだけ、声を震わせて涙を流した。


(こんな……アデリナ様、初めて見た……)


 胸がぎゅっと締め付けられた。

 一方で、ブランカ様は表情を変えずに、アデリナ様の涙をそっと指で拭う。


「ここは教室よ。いったん、外へ出ましょう。ね?」


「……はい」


 弱々しくも従うアデリナ様。

 ブランカ様に手を引かれ、静かに教室を出ていく。

 二人の背中が扉の向こうに消えるまで、教室中が息をのんで見守っていた。


(アデリナ様……助けが必要だったんだね……)


 そう思った時、ブランカ様が一度だけ振り返った。

 ボクと視線が合う。

 彼女は微笑まない。

 ただ”見定めるような”静かな目で、ボクを見つめた。


(えっ……)


 何も言わず、扉が閉まった。

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