第57話 ゼナイドの牽制
次の授業を行う教室へやってくると、雰囲気が変わった。
空気がひんやりしていて、クーラーでも利いているのかなって思うくらいに。
さっきの授業で一緒に受けていた令嬢達もいるし、朝から話題になっているから、ボクが入ってきた瞬間に注目を浴びていた。
ただ視線は憧れもあるけれど、嫉妬や困惑の表情もあった。
そしてひそひそ話をしている。
ボクはそのざわめきに足を止めてしまう。
「バルカナバード嬢って、殿下と一緒に補講をするらしいよ」
「え~っ、そこまで行っているの!?」
明らかに令嬢達の噂話は、思っている以上の事を想像しているみたい。
(行っていないって……そう思いたいよ!)
何で殿下が来ると、こんなに話題が大きくなっちゃうんだろう。
殿下だからかもしれない。
平穏とは違いすぎるよ……
「大丈夫だからね?」
ロランスはボクを落ち着かせるように、肩に手を当てて落ち着かせようとしていた。
「ありがとう……」
こんな場面でも一緒にいてくれるなんて、嬉しいよ。
「ポラリスさん、補講っていつもの授業は大丈夫なの?」
ロランスが話しかけてきた。
「分からない……でも、殿下の誘いを断れなかったし……」
殿下からあんなにボクの心を動かす事を言われたら、行きたくなるから。
というか、どうしてボクの心があんなに動いちゃったんだろう。ボクの心って男の子のままなのに。
「プロポーズみたいな事を言われたら、ポラリスさんは行きたくなるよね」
「えへへ……って、プロポーズ!?」
(何でそうなるの!?)
そこまで行っちゃっているの!?
大丈夫かな……?
「で、でも……ボクはそこまで」
「分かっているよ。ポラリスさんがそこまでは思っていないのって」
ロランスは微笑んでボクをフォローしていた。
そう言われて安心するけれども、他はそう見ていないよね。
ふとロランスの視線が、アデリナ様の震える手に止まった。
その一瞬、同情と警戒が入り交じっていた。
「ありがとう……」
少しだけ微笑んで、ロランスを安心させる。
「ポラリス、現を抜かしそうになっていますわね」
「ゼナイド様! それは……」
後ろからゼナイド様がやってきた。
流石にマズいよね……
取り巻きなのにここまで出しゃばっていたら……
「さっきの授業、見ていましたわ。殿下とかなり仲良くなっていますわね」
ゼナイド様は扇子を半開きで持っている。
ちょっと厳つい表情で。
「ごめんなさい……ボク……」
もうここまで来たら、取り巻きとしての範疇を越えているよね。
「殿下の貴女に対する気持ちは、偶然とは言えませんわね」
ゼナイド様は呆れたような感じでため息をついていた。
「ぐ、偶然……だよ?」
そう言っているけれども、ボク自身が自信をもって言えていない。
だから苦笑いで誤魔化そうとする。
「ポラリスさんは誘惑していないですから、ね?」
ロランスが庇ってくれていた。
「分かっていますわよ。でも殿下のポラリスへの気持ちは、他の令嬢を嫉妬させますわね」
扇子で口元を隠し、周りを見ながら呟いている。
何人かはゼナイド様を見ていて、よりボク達が悪役令嬢とその取り巻きっていうのを感じさせた。
殿下の寵愛を受けて、学院を惑わそうとしている集団みたく。
破滅はしたくないな……
「うん……」
扇子がわずかに揺れた瞬間、周囲の令嬢達のひそひそ声がぴたりと止まった。
ーーゼナイド様の”無言の圧”だ。
「特に彼女は、嫉妬が限界を越えているかもしれませんわね」
そう言ってゼナイド様はアデリナ様を見ていた。
震えながら教科書を読んでいる彼女を。
ゼナイド様は挑発するように見ていた。
で、アデリナ様もゼナイド様に気がついて、こっちの方向を見ている。
「アデリナ嬢、落ち着きなさいな。ポラリスが殿下を奪いたくて奪った訳ではないですわ。補講だって不本意でしょうから」
「ゼナイド嬢……ですけれど……」
扇子で口元を隠し、アデリナ様に話しかけていた。
逆に反応しているから……悪役令嬢っぽいけれども。
アデリナ様は涙目になっていて、これは危ないかな……
目が赤い。昨日泣いた名残なのか、それとも今必死にこらえているのか。
どっちにしても……胸が痛くなる。
「授業中でもポラリス嬢を見るのは構いませんわ。ですが、授業へ集中できずに昨日のように間違うのは、よろしくありませんわよ」
「勿論ですわ……!」
煽っているような感じだったから、アデリナ様は怒っていた。
いや、むしろゼナイド様は怒りを自分に向けているんだ。
ボクやロランスに向けさせないように。
(ゼナイド様……)
「期待していますわよ」
「ええ……!」
アデリナ様は意気込んでいて、空回りしているようにも感じた。
やり取りが終わると、ゼナイド様は扇子をパンと閉じて、微笑みながらあえてアデリナ様の後ろに座った。
それはさっきの授業で、アデリナ様がボクの後ろに座ったように。
「貴女達は少し離れなさいな」
「う、うん……」
(また……アデリナ様に見られるのかな。昨日みたいに、あんな風に壊れてしまうのかな)
ボク達はアデリナ様から離れた位置に座ることにした。ロランスがアデリナ様側へ座っている。
ゼナイド様は話しかけられなくて、ボク達が落ち着けるようにって。
「気にしなくても良いし、これならポラリスさんもあんまり見えないから」
「そうだよね……!」
少し安心した気持ちで、授業が始まっていく。
頭がいっぱいだから、これなら何とかなりそう。




