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小学生男子だった僕、悪役令嬢の取り巻きに転生したのに、舞踏会で料理を食べてただけで王子様に選ばれました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第54話 謝罪の夜

【アデリナ視点】

 夜の鐘が遠くで鳴る。

 寄宿舎の廊下を歩く令嬢の足音は次第に減り、静寂が部屋を満たしていた。

 私は部屋の扉を閉めると、そのまま背を預けるようにして、そっと鍵をかけた。

 胸の奥に張り付いていた『緊張』が、ようやく解ける。

 ……いえ、解けるのではない。

 崩れるのだ。

 ぱたり、と手にしていた教科書がベッドに落ちる。


「……どうして」


 声に出してしまった瞬間、喉の奥が詰まった。

 胸に溜まっていたものが、一気に堰を切ったようにあふれ出しそうで。

 机に前に立つけれど、椅子に手をかけたまま座ることも出来ない。


「どうして……今日の私……」


 目を閉じると、あの瞬間が繰り返される。


 ーーブラガ教授の問い。

 ーー”簡単すぎる問題”で返した誤答。

 ーー沈黙。

 ーーざわつく教室。

 ーーそして……ポラリス嬢の視線。


 胸が痛む。

 誰よりも見られたくなかった人に、あの姿を見られた。

 ゼナイド嬢よりも見られたくない彼女に。


「完璧でなくてはならないのに……」


 私は自分に言い聞かせるように呟く。


「……ポラリス嬢だけは……弱いところを、見せたくなかったのに」


 そう。

 あの子に追い抜かれたくない。

 でも、嫌われたくない。

 離れてほしくない。

 なのに、近づかれると胸がざわめく。

 自分でも意味が分からない矛盾が胸の奥で渦巻いている。


 私がハリネズミなのか、ポラリスがハリネズミなのか分からないけれど。

 いや、私がハリネズミなのかもしれない。


 鏡の前に立つ。

 そこには完璧な髪も、整った襟元も、いつも通りの”アデリナ・レーゲンスブルク”が映っている。

 けれどーー目だけは違う。


「……ひどい顔ですわね」


 鏡越しに、自分に微笑もうとしてみる。

 だが、唇が震えて笑みを作れない。


「……ポラリス嬢……どうしてあなたを見てしまうのかしら」


 ベッドに腰を下ろす。

 膝の上で指を組み、必死に落ち着こうとする。

 でも、そのたびに今日の光景が、何度も胸を突き刺す。


 ーーノートが震えた。

 ーー言葉が詰まった。

 ーー声が震えた。

 ーーロランスに八つ当たりした。

 ーーそして、”あの子の前でだけ”自制が崩れていく。


「悔しい……」


 こらえていた涙が頬を伝う。

 落ちた涙がスカートの生地に吸い込まれ、丸い染みを作る。


「よりによって、あなたの前で……どうして……」


 枕を抱きしめ、顔を埋める。

 涙が布に染みて、呼吸が苦しくなる。


「……私は……あなたの前で、完璧でいたかったの……」


 喉がひくりと伝える。

 変な乾きを覚えた。


「なのに……どうして、こんなに……」


 その瞬間、小さな声で本音が漏れた。


「苦しくなるのかしら……」


 胸に手を当てると、鼓動が早くなっている。

 怒りでも嫉妬でもなく、もっと複雑で、ほどけない糸のような感情。


「ポラリス嬢……お願いですから……」


 涙を拭いながら、空に向かって呟く。


「今日のことだけは……見なかったことにして……」


 それは命令でも虚勢でもない。

 本当に、心からの願いだった。


「明日は……完璧に戻らなくてはなりませんわね……」


 苦笑しながら言ったその言葉は、決意というより、自分を必死に支えるための細い糸のようなもの。


「……戻らなくては」


 けれどまだ、足元は震えたまま。

 夕食の鐘が寄宿舎に響いた。


「どうしてなの……お腹が空かないわ……」


 昨日も同じだった。

 それでも昨日は紅茶を飲むことは出来ていた。

 なのに私は食堂へ行く気持ちすら出てこなかった。

 ドレスの袖を握りしめた手だけが震えている。


(……どうして今日の私は、こんなにも酷いの?)


 胃の奥がずっと痛くて、パンの匂いを思い浮かべただけで気分が悪くなる。

 食べないといけないのに、食べる気持ちにならない。


「大丈夫……よね……」


 一食くらいなら、食べなくても良い。

 そう口に出しながら言い聞かせていたけれども、その声がかすれていたことに、自分でも気付いていた。 


「ロランス嬢に私は……」


 部屋でじっとしているまま、夕食の時間が過ぎていく。

 すると廊下で口論してしまった彼女の事を思い出す。

 私が八つ当たりをしてほとんど謝れていなかった。謝ったのは、ゼナイド嬢だけだったと思う。

 どうしてあんな事をしてしまったんだろう。

 

 ーーポラリス嬢に見られたくない気持ち。

 ーーポラリス嬢をロランス嬢が支えている光景。

 ーーポラリス嬢を私が支えられていないもどかしさ。


 全てがない交ぜになり、私はロランス嬢に八つ当たりをしてしまった。

 ゼナイド嬢がいなければ、さらに大きくなっていただろう。


「私の嫉妬ですわね……」


 ポラリス嬢を思っていたけれども、ロランス嬢にはっきりと反論されていた。

 今の私にはどっちが正解なのか判断できない。

 実技試験で二位になるのに、あんな事をしていては……

 大きくなっていれば、レーゲンスブルク家の名を汚しかねなかったのかもしれない。

 だからこそ、ゼナイド嬢が止めてくれたのだろう。

 慈愛と揺るぎない心を持たなければならない、聖女候補になろうとする者が、この有様ですのね……


「謝らないと……」

 

 私は重かった足を動かして部屋を出ていく。

 部屋のドアノブに触れた指先が冷たくて、少し震えている。

 もうロランス嬢も戻っているだろう。

 静かになった廊下を歩いていって、ロランス嬢の部屋の前へ。

 ドアの前でノックをするまでに、三度深呼吸をした。

 それでもドアを叩いて、ロランス嬢が出てくるのを待つことにした。


「はい、どちら?」


 部屋の中から声がした。


「アデリナ・レーゲンスブルクですわ」


 少ししてドアが開いた。

 ロランス嬢が出迎えている。


「どうしたの?」


 警戒したような感じで、私に話しかけていた。

 昼間に口論となったから、そうなりますよね。


「私、あなたに謝りたくて……」


「……入って、ここじゃなんだから」


 私はロランス嬢に言われて中へ入る。

 彼女の部屋は比較的シンプルな感じだった。


「ロランス嬢、昼間での廊下での言葉……私、取り乱していましたわ」


 私は謝罪をしようとしたけれども、最初に謝罪の言葉が出てこない。


「……その、謝りますわ。あれはわたくしの落ち度ですの。申し訳ありませんでしたわ」


 でも何とか言葉を出し、頭を下げてロランス嬢に謝罪する。


「……謝れるなら、最初からあんな言い方をしなきゃいいのに」


 ロランス嬢の言葉は、怒りを残していた。

 八つ当たりをしたのは私の方だから仕方ない。


「私……今日、自分で自分が分かりませんの」


「あたしにも分かったよ」


 私を見る目は少し悲しそうな感じだった。


「ただ……ポラリスさんの心を乱すことは許せなかっただけ」


 やっぱりロランス嬢は、ポラリス嬢の事を思っているのですね。

 だからこそ、言い合いになったのでしょうか。


「でも、ちゃんと謝ったのは良かった。それは受け入れるからね」


「……感謝します」


 私は軽く頭を下げた。


「もしなんだったら、ミルクティーを飲む?」


「お気遣いは……」


「夕ご飯、食べていないでしょ? 多少は気持ちが落ち着くよ」


 やはり食べていないのが分かってしまうのですね。

 食堂へ来なかったら気付くでしょうね。


「ベッドで良いから座ってて」


 ロランス嬢はミルクティーを作っていた。

 しばらくして二つのカップを持って、戻ってくる。


「はい」


「感謝しますわ」


 渡されたミルクティーを飲んでいく。

 暖かいし、甘く感じた。

 空っぽの胃にはっきりと入っていく感じがする。


「……胸のあたりの冷たさが、少しだけ溶けていくようでしたわ」


「それは良かった」


 ロランス嬢に感想を伝える。

 すると、ほんのちょっとだけ彼女は微笑んでいた。


「アデリナ様、殿下と結ばれたいっていう気持ちが強いのは知っているよ。舞踏会だって、最初に踊っていたし」


「それは合っていますわ」


 あの日、舞踏会でリュカ殿下と最初に踊った。

 このまま婚約できると、そう確信していたけれど……

 最後の曲で、ずっと料理を食べていたポラリス嬢が、踊ることになった。

 この出来事が、完璧な私が崩れた始まりかもしれない。

 それまではゼナイド嬢の取り巻きとして、食べ物をよく食べる令嬢としか認識していなかったのに。

 殿下と話したり、他の子息と仲良く話していたりすると、心が痛むようになってきた。

 嫉妬……しているのかもしれない。

 実技試験で私に次ぐ三位に入ったから、その危機感もあるのでしょうか。


「もしも明日、ポラリスさんが殿下と話していたら、アデリナ様は平常心でいられるの?」


 昨日今日と殿下は来ていなかった。

 ただポラリス嬢がゲオルギ様がフェリックス様と楽しく話していた光景、それを見てしまった私は焦っていた。


「それは……」


 今までだったら、”当然ですわ”って答えられたかもしれない。

 でも今の私には、はっきりとした答えが見つからなかった。


「アデリナ様にとって、答えられないことが、答えなのかも」


「お恥ずかしいですわ……」


 私にとっては完璧さが揺らいでる証拠だった。


「でもアデリナ様がそうなるのも仕方ないかもしれない」


「…………」


 ロランス嬢は、さすがゼナイド嬢の取り巻きだと思った。

 はっきりと様子を見抜いているのだから。


「あたしから言いたいのは、殿下とポラリスさんが話していても、ポラリスさんにぶつけないでね。あたしとかにも八つ当たりしちゃダメだけど」


「……分かりましたわ」


 ロランス嬢は優しいながらも忠告していた。


「それと……ポラリスさんには、謝罪の事やこの話は言わない方がいいから」


「はい……」


 私は弱々しく返事をする。


「……あなた、本当に彼女の事を」


「あの子は人の気持ちを全部背負っちゃうから」


(……私よりも、彼女の事をよく見ている人ですわね)


 ロランス嬢は、はっきりとポラリス嬢の事を分かっていた。

 本当、支えようと思っている私以上に分かっているのかも。


「……分かりましたわ」


 私はそう言って、少し温度の下がったミルクティーを飲み干す。


「ごちそうさまでしたわ」


 ロランス嬢にカップを返した。


「ううん、じゃあ今日はあなたも休んだ方がいいから」


「ええ、失礼しますわ」


 そう言って、ロランス嬢の部屋を出ていって、私の部屋へと戻っていく。

 寄宿舎はさらに静かになっていた。

 部屋に戻ると、布団に身を横たえ枕を胸に抱きしめたまま、眠りに入るのを待っていく。

 でもなかなか訪れなかったけれど。


 今日だけは、アデリナ・レーゲンスブルクという完璧な仮面は外していた。

 明日はまた、完璧な仮面をかぶらなくてはならない。

 それでもーー今この瞬間だけは、枕を胸に抱きしめたまま震えていてもよい、と自分に許しを与えた。

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