第51話 アデリナが初めて間違えた日
魔法理論の授業が始まった。
ロランスと隣だけれども、アデリナ様は令嬢を挟むように座っている。
露骨さを隠そうとしているけれども、どう考えてもボクを見ようとしているのかな。
授業は順調に進んでいくんだけれども……
(やっぱり見ているよ……!)
令嬢なんていないみたいに、直接ボクを見ていた。
ボクの動きを気にしているかのように。
「ねえ、気にしなくていいよ。アデリナ様がポラリスさんを見ていたってね」
「う、うん」
(ボクって……そんなに目立つ行動をしているのかな?)
ロランスがアデリナ様を気にしているボクを見て、小声で話しかけてきた。
そうだよね、アデリナ様がボクを見ていたって、ボクがどうにかなるわけじゃないから。
「もし、なんだったら、あたしを見ればいいよ。あたしだったら、どれだけ見てもいいから」
「そうしようかな……」
ロランスは優しく言ってくれた。
気にしてしまうボクを思っているのかも。
だから身体の方向は、ちょっとだけロランス側に。
それでも授業は受けていられる。
教科書を見ていって、ノートに書き込んでいく。
これならアデリナ様の事を見ないでも大丈夫なのかな。
「さて、”干渉”の二文字を甘く見れば、学院の中でも事故は起こる。さて、バルカナバード嬢、火と風の干渉倍率は?」
シドニオ・ブラガ教授がボクを指していた。
「え、えっと……1.6倍かな……?」
「正解だ」
急だったけれども、何とか答える。
ボクは少し安心して、また教科書を見ていく。
でも、アデリナ様の事が気になったので見てみたら、アデリナ様はこっちの方向を見ていた。
ずっとじゃないけれども、はっきりと。
手にしているノートを震わせながら。
アデリナ様の指先は、ノートの端をぎゅっと押しつぶしていた。
(大丈夫かな……?)
ボク自身、アデリナ様の事が不安になる。
実技試験から何かが崩れていないかな。
「ポラリスさん、アデリナ様を気にしすぎると、自分も崩れちゃうよ」
ロランスがちょっと悲しそうにボクを見ている。
そうだよね……このまま見ているのも、心を痛めそうだから。
「……では、レーゲンスブルク嬢。水と雷の組み合わせは?」
「は、はい」
今度は教授がアデリナ様を指していた。
平然を見せながら、アデリナ様は答えていく。
「……2倍、ですわ」
「残念だ。正しくは1.2倍だ」
ほとんど間違えることのないアデリナ様が間違える。
確かに平然を見せていたが、ほんのちょっとだけ狼狽えながら答えていた。
「えっ、アデリナ様が……?」
他の令嬢達が驚いていた。
一緒に授業を受けている子息も困惑したような感じだ。
それくらいの出来事みたい。
「……どうして、こんなのを」
アデリナ様はボクがギリギリ聞こえる範囲の声で、狼狽える声を出していた。まるでアデリナ様自身も信じられないような感じで。
ノートを何度も見ていて、書き込んでいる内容を確認していた。
「書いている内容は合っているみたい。集中出来ていないだけかも……」
それなのに間違うなんて。
いつもだったら、そんな事が起こらないはずだよね?
「アデリナ様、ボクのせいで……?」
考えられるとすれば、それしかない。
ボクを見ているから上手く答えられなかったのかも。
(アデリナ様、いつも自信に満ちていたのに……)
「自分を責めないでね。ポラリスさんのせいじゃないから」
「うん……」
苦笑いしながらロランスを安心させる。
すると、アデリナ様が手を挙げていた。
明らかに問いかけていないタイミングで。
「レーゲンスブルク嬢、どうしたのかな?」
驚きは低いものの、教授はアデリナ様を指した。
「教授、補足させていただきますわ!」
「……うむ、では言ってみなさい」
アデリナ様は強めの言い方で、教授に話していた。
それを聞いて、教授は頷いてアデリナ様の話を聞く用意をしていた。
「干渉は”王家の加護”が強いほど……」
アデリナ様は長い理屈を言って、教室中を沈黙させていた。
令嬢や子息達はスピーチのように深い感じか、アデリナ様を心配するような感じで聞いていた。
「……それは”魔法史”の話だ。今は理論だ」
「……っ!」
アデリナ様の話をしばらく聞いていた教授だったけれども、やがて遮るようにそれを言って話を終わらせた。
話の後、アデリナ様は顔をうなだれながら席に座って、落ち込んでいた。
「アデリナ様、今日どうしたの……?」
令嬢達が焦りながら心配していた。
今までとは違う感じだから、不安になっているのだろう。
ゼナイド様はこの様子を見ていたけれども、扇子で口元を隠して平然としていた。
逆にロランスは、ボクの袖をそっと引いて心配そうに見ていた。
「レーゲンスブルク嬢、今日は休息を取りなさい」
教授の優しい言葉、でもアデリナ様にとっては余計辛そうに思えた。
「申し訳ありません……ブラガ教授」
一礼してそのまま授業を受けていくアデリナ様。
「ボクも不安になってくるよ……」
(間違った瞬間のあの表情、忘れられない……)
こんな様子だと、他の令嬢達と同じ感じになる。
ゼナイド様みたいに平常心でいられないよ。
「そうだよね。あたしとしても、戻って欲しいけれど……ポラリスさんまで落ち込まないで」
「うん……」
ロランスが励ましてくれているから、ボクはなんとか心を落ち着かせながら、授業を受けていったのだった。
この授業が終了した後、誰もが言葉を失ったまま、教科書を閉じる音だけが響いていた。




