第44話 静かな夜の食堂
「う~ん……」
寄宿舎の食堂で、白パンとグリーンピースのポタージュ、白鱒のワイン煮を前にして、悩んでいた。
魔法灯の光、静かな夜。
今日は、食べ始めたのがちょっと遅めになっていた。
そのため夕食を食べている令嬢達が少なくなっている。
「どうしたの、ポラリスさん?」
隣で座って食べているロランスが、ボクの様子を見て気になっていた。
あんまり食べ進んでいないから。
「ううん、何でもない」
微笑みながらロランスを心配させようとするけれども、彼女がそれで納得するはずがない。余計にボクを覗き込んでいる。
「そうは見えないけれど……ねえ、食べられそう?」
「一応……」
少しずつ食べて、ロランスを安心させようとする。
にっこりとロランスはボクを見ている。
「抱え込まなくていいからね。もし話せるんだったら、すっきりした方が良いよ?」
そうだよね、ロランスにだったら話せるかもしれない。
だからボクは口を開いた。
「……アデリナ様のあんな顔、初めて見た」
涙を流しながら独り言を呟いている、あの姿。
完璧だった”ヒロイン”が あんなに悩んでいるなんて。
「怖かったの?」
「ううん、辛く見えちゃって」
ゼナイド様に言われて、アデリナ様があんなに落ち込むなんて。
大丈夫なのかな。
「そうだったんだ。でもね……ポラリスさんが悪いんじゃないよ」
確かにそうだよね。
昼間にライバル視する事をしていたから。
と、背後から視線を感じる。
振り返ってみると、ゼナイド様が扇子で口元を隠したまま立っていて、そのまま隣に座った。
今ボクは、ロランスとゼナイド様に挟まれている状態。
「こちら良いかしら?」
「は、はい……!」
もう座っているけれども、当然拒否するつもりはない。
緊張感は出てくるかもしれないけれど。
「あっ、ありがとうございます」
ゼナイド様は少し食べやすいように、パンをスープへ入れられるように割ってくれていた。
ちょっと食欲が落ち気味だったから、嬉しかった。
「夜の食堂は、思いがけず本音がこぼれる場ですわ。特に、今日のような日は」
「ぜ、ゼナイド様……!」
ロランスもちょっと緊張した感じになっていた。
「ポラリス、”見てしまった”のでしょう? アデリナ嬢の弱り顔を」
「っ……!」
はっきりとボクが悩んでいる事を言い当ててしまった。
もしかしてゼナイド様も、アデリナ様のあの姿を見ていたのかな。
「誰にでも弱さはありますわ。大切なのは、それを責めず、利用せず……ただ知っておくこと」
「……知っておく、だけ?」
利用しないって……ゼナイド様は利用しそうだけれども。
でも、そんなアドバイスをするなんて。
「そう。貴女は貴女のままでよろしいのですわ」
「ボクのまま……」
「ええ。アデリナ嬢は貴女を脅したかったのでしょうね。殿下の隣には”主役たる自分”が立つべきだと、確認したくて」
「脅したかった?」
「それほどまでに、彼女は焦っていたのよ」
ロランスやゼナイド様の何倍も何十倍も、アデリナ様は殿下と結ばれたかったんだ。
ボクはそこまで狙っていないんだけど。
「でもね、アデリナ嬢がどれほど焦がれようとーー殿下が心を動かしたのは、昨日の”貴女”ですわ」
「えぇぇ……!?」
ロランスが小声で吹き出した。
このしんみりした感じで、ちょっと明るくなったような気がする。
「ゼナイド様、言い方が強烈……!」
「事実を述べているだけよ、ロランス」
扇子で口元を隠しながら話しつづけている。
「それに……アデリナ嬢にどうこう言われて動揺する必要はありませんわ。貴女は、わたくしの取り巻き。つまり、わたくしが”守護すべき”令嬢ですわ」
(”守護”……!?)
そんな言葉、初めて聞いた。
ゼナイド様が守ってくれるんだ。
「義務ではなく、興味があるという感じね」
ただ、補足するようにゼナイド様は付け加えていた。
ボク自身はほんのちょっと安心する。
少し心が落ち着いて、ポタージュを飲んでいく。
まだ温かくて飲みやすかった。
少しして、アデリナ様が食堂へとやってきた。こんな遅くに来るんだね。
表情が曇っていて、あの鏡の前で見たときよりも心が乱れているような感じだった。
「……紅茶だけいただければ」
トレーに食事を載せず、紅茶の入ったカップだけ持って席を探していく。
結構空いているんだけれどね。
「……ごきげんよう、皆様」
ボク達に気づき、浅い微笑を見せるアデリナ様。
完全に疲れているね。大丈夫かな。
「アデリナ嬢、ごきげんよう」
ゼナイド様は扇子で口元を隠しながら挨拶をしていた。
「……こんばんは、アデリナ様」
さっき吹き出していたロランスは、警戒したように表情が固め。
あまり見ないよ、この表情。
「こ、こんばんは……!」
ボクは苦笑いに近い微笑みで、アデリナ様へ挨拶をする。
アデリナ様はボクを見るけれども、昼間とは違って”何かを言いたそうで、言えない”沈黙。
この状況はそんなに良くないって……
「……今日の事、覚えていらっしゃいますわよね?」
「……うん」
流石に忘れるわけはないよね。
覚えるって。
「……忘れて、とは言いません。ただ……」
ぽつりぽつりと、下を向きながらアデリナ様は呟いた。
「……私は、少し意地になっていたのかもしれませんわ」
ボクへと歩み寄っている感じがする。ボク自身は受け入れる気持ちだけれども……
歩数はそこまで多くないみたい。
「……認めるのは悔しいですのけれど」
ただボクに伝えるのか、アデリナ様だけなのか分からない感じで付け加えている。
どう受け取れば良いか分からないけれど、そっとロランスが何も言わずに肩を触れてくれた。
「良い夜ですわね。月が柔らかいと、人の心もほぐれるものですわ」
この様子を見ていたゼナイド様は、自分の紅茶をゆっくりと飲んでいた。




