第30話 試験当日の朝
食堂で白パンと半熟卵、スープに温めたミルクが出てきていた。
いつもより静かな朝。けれども、椅子を引く音やスプーンが当たる小さな音が重なって、試験前の緊張が空気に溶けている。
今朝は食欲が無いという事はなくて、普通に食べていった。
ミルクの甘みが、少しだけ心を落ち着かせている。
周りでは令嬢達が、姿勢の確認をしたり、声を潜めて「どんな出題かしら」と実技試験に関する内容を話している。
誰だって、良い点数を取りたいから。
「おはよう、ポラリスさん。ちゃんと眠れた?」
顔を上げると、ロランスがいつものように微笑んで目の前に座った。
明るめの茶髪が朝の光を跳ね返して、少し眩しい。
「うん。ちょっと変な夢を見たけれどね?」
「どんな?」
スプーンを皿の縁に置いて、ボクはミルクを少し口に含む。
温かさが喉を通るたびに、夢の断片が蘇ってくる。
ロランスもミルクを少し飲みながら、返事をしていた。
「舞踏会で、また踊ってたの」
「夢でも踊っていたんだ。ポラリスさんは、熱心だね」
「そ、そんなんじゃないって!」
ロランスがちょっとからかっている。
夢の話だからかな。
口を尖らせながらも、少しだけ笑ってしまう。
夢の中では緊張したけれど、あの時とは違った。
「……でも、怖くなかった」
この一言に、ロランスが小さく目を細めた。
「そっか」
にっこりとしながらボクをじっくりと見ているロランス。
「あたしから見ても、そうだと思うよ。今日のポラリスさん、顔が違うよ。柔らかい」
「そう見えるんだ。ありがとう」
ロランスにそう言ってくれて、嬉しく思う。
より自信が湧いてきた。
「今日なら、きっと笑って踊れる気がする」
「ふふっ、頑張って。あたしもだけれど」
「だよね。で、実技試験は午後からだけれども……」
今日行う実技試験だけれども、ドレスの準備もあったりして、お昼前からになっている。
それに午前中の授業も無い。
ボク的にはそれはそれで嬉しいけれど。ゆっくり準備できるから。
そう思っていた、その時……
「おはよう、ポラリス」
ボクの隣の席に座るゼナイド様。
背筋が自然と伸びた。
凛とした声が背後から降りてくる。
「ぜ、ゼナイド様! おはようございます」
慌てて立ち上がると、ゼナイド様は優雅に手を振って制した。
「元気そうね。顔色も良さそうだし、これなら実技試験だって、点数を取れそうかしら?」
「は、はい……」
ゼナイド様に期待されている。
緊張しちゃうよ……
「ポラリス、この後礼法室へ来てくれるかしら?」
「礼法室にですか?」
「ええ。少しだけーー”仕上げ”をね」
”仕上げ”という響きに、胸がどきりとする。
今朝はどんな稽古をするんだろう。
もしかしたら、あの厳しい稽古とは違う、最後の何かが待っているのかもしれない。
「来てくださるわね?」
「もちろんです……!」
「良かったわ。では後ほど」
ゼナイド様は静かに朝ご飯を取り始める。
今から食べているので、少し後になりそう。
そう思いながら、ボクは白パンを食べ終えた。
「ポラリスさん、頑張って」
「うん!」
食堂を出ると、朝の光が白く廊下を満たしていた。
窓の外には学院の庭園が見え、花々の影が石畳に淡く映っている。
息を整えて、ボクは礼法室へと向かった。




