第29話 扇の向こうの君
気がついたら、ボクは舞踏会の会場だった。
「あれ?」
さっきまでは寄宿舎にあるボクの部屋で寝ていたはずなのに。
いつの間にやってきたんだろう。
音楽は鳴っていなくて、シャンデリアだけが光っている。シャンデリアの光はとても眩しくて、幻想的に感じた。壁が見えないくらいに。
そしてその中で、扇子を持って立っているボク。けれども、周囲には誰も居ない。
「どうして……?」
疑問に思っていると、軽い靴音がした。
「ポラリス嬢」
振り返ると、リュカ殿下が立っていた。
ボクが踊った舞踏会の時と同じ白い軍装。でも、瞳は少し翳っていた。
「再び会えたね。君は、偶然に踊ったあの夜のままなのかな」
「リュカ殿下……?」
「あの時、君は笑っていた。けれど、心までは見えなかった。次の舞踏会で、君は”誰”として踊るんだい?」
殿下が手を差し出ている。ボクはそれに応えようと、殿下の手に触れようとしたけれども、殿下は光に溶けて消えた。
(な、なんで……!?)
驚いていると、反対側からヒールの音が響いた。
「殿下を追いかけるには、まだ早いわね」
「ぜ、ゼナイド様……?」
そこにはゼナイド様が立っている。
黒いドレスに金の刺繍、手には扇子を持っていた。舞踏会で着るものと同じみたいな。
ゼナイド様はゆっくりとボクの周りを回りながら、話していく。
「羞恥を恐れては礼法は成らない。己を映す鏡を曇らせては、光も差し込まないの」
扇子をボクの胸へ突きつけるように指した。
「貴女が貴婦人になろうとするなら、その名に”芯”を持ちなさい」
”芯”という言葉が、ボクの心に響いた。
まるでボク……『芯星』という名前と同じ音のように。
「どうしてその響きを……?」
ゼナイド様はそれに応えず、姿は霧のように薄れてしまった。
入れ替わるように、アデリナ様がやってきた。
アデリナ様の服装は、純白で王国の聖女が着るような衣装。
似合っているけれども、初めて見る。
「私、あなたが羨ましいの。偶然の出会いで、殿下の瞳を惹きつけたその奇跡が」
「奇跡なんて……」
そんな大きなものじゃないって言おうとしたけれど、アデリナ様はそれを遮って言った。
「でも……奇跡って、いつか壊れてしまうの」
アデリナ様は笑みを浮かべたまま、涙が流れていく。
やがて光に包まれて姿が消えようとしていった。
「壊れる前に、自分が”何者か”を見つけて」
消える直前、アデリナ様はそう伝えた。
完全に消えた後、舞踏会の会場はボク一人だけに。
誰も出てこない。
何が起こるのだろう。そう思っていた。
「わっ!?」
でもその瞬間、シャンデリアの光が一気に明るくなった。光が一気に弾け、床まで白く染まる。
まるで現実を焼き尽くすような光だった。
同時に見えていなかった壁が、その姿をはっきりさせる。
壁は一面鏡であった。
「……これ、全部鏡なの?」
映っているのは、ボク自身。
しかも驚いている表情を映しているはずなのに、微笑んでいる。
(あれ……これが……ボクの……?)
「何で……?」
ボク自身が映っているけれども、それは”ポラリス・バルカナバード”ではなかった。
そう、かつての”江坂芯星”が映っていたから。
小学生の男の子だった、ボクの姿が。
「やっと思い出した?」
ほんの少しだけ忘れかけていた姿。
鏡の中のボクはかつての声で、話しかけた。
「君はボクで、ボクは君だよ」
鏡になっている壁に近づきながら、かつてのボクと対面する。
「江坂芯星なんだよね。君って……?」
「そうだよ。でも、ポラリス・バルカナバードでもあるんだ。君もね」
「うん……」
否定なんて出来ない。
ボクはボクだから。ボクはポラリス・バルカナバードであり、江坂芯星。
「で、次は……どっちの名前で笑うの?」
その声とともに、鏡の中にいた”芯星”が鏡と現実の境界を抜けて手を伸ばす。
ボクに触れた瞬間、光が弾けてーー辺りが真っ白に……
「あれ……?」
目を覚ますと、寄宿舎にあるボクの部屋だった。
窓の外は明るくなっていて、鳥がさえずっている。
空は雲があるけれども、青空が広がっていた。
疲労はほとんど消えている。
「何だったんだろう。あの夢って……」
今だったら分かるけれども、あんなにはっきりとしていた。しかもかつてのボクを見るなんて……
色々と疑問に思いながらも、ボクはベッドから降りて着替えていった。
ベッドの脇には、扇子が置かれている。
光を受けて、刃のようにきらめいていた。
(……片付け忘れたのかな? それとも、やっぱり夢じゃなかったのかも)
考えていたけれども、お腹が空いてきた。
食堂へ向かうことに。
(でも、もう怖くない。今は笑って踊れる)




