第27話 夜中のミルクティー
「もう、戻れそう?」
「うん……ありがとう」
礼法室で少し休んだ後、寄宿舎に戻る。
ロランスは一緒に付き添ってくれて、嬉しかった。食堂でも隣にいてくれたし。
夕ご飯は黒パンと野菜の煮込みだったんだけれども、お腹が空いていたからか、あっという間に食べてしまった。
味も美味しく感じた。
「凄いね、そんなポラリスさんがあたしは好きだよ」
「本当!? えへへ……」
ボクの姿を見て、にっこりと微笑んでくれるロランス。
それに顔をほんのり紅くさせる。
「嬉しそうだね」
「ロランスに言ってもらうとより、ね」
「へぇ~、言ってくれるね。ふふっ」
同じゼナイド様の取り巻きだけれども、友達同士みたくあるから。
夕食を食べ終わって、部屋のベッドで横になった。
部屋は真っ暗だけれども、ほんの少しだけ月明かりが部屋を明るくしていた。
「ああ、実技試験かぁ……無事に良い点数を取れるかな?」
ペタル講師やゼナイド様に稽古をつけてもらったけれども、ほんの少しだけ不安。
失敗しないかどうか。
「ああ……疲れたな……」
逆に疲れ過ぎちゃったのかな。
眠れない。
不安も入って、余計に眠れなくなってしまう。
(明日……大丈夫かな。失敗したらどうしよう)
寝返りを打っても、考えが頭の中でぐるぐると回る。
昼間の稽古でペタル講師に褒められたのに、不安は消えてくれない。
そのとき、コンコンと小さくノックの音がした。
ボクは慌てて起き上がる。
「……ポラリスさん、起きてる?」
「ロランス?」
扉の向こうから聞こえてくる声。
開けてみると、パジャマ姿のロランスが、小さなトレイを手に立っていた。
その上には、湯気の立つマグカップが二つ。
「眠れない顔してると思ったから、来ちゃった」
「えっ、顔に出てた……?」
「うん、今日の稽古の時から、ずっとね」
そう言って、ロランスはにこりと笑う。
ボクってそんなタイミングから顔に出ていたんだ。
ちょっと照れながら、ベッドの端に腰を下ろした。
ロランスも隣に座って、マグカップを差し出してくれる。
「温かいミルクティー。蜂蜜をちょっとだけ入れてあるの」
「ありがとう……!」
カップを両手で包むと、指先からじんわりと温かさが伝わってくる。
それだけで、心の中の不安が少しだけ薄らいだ。
「ねえ、ポラリスさん。緊張してる?」
「……うん、してる。上手く踊れるかなって。殿下も来るみたいだし、ゼナイド様も一緒に踊るだろうし……。それに、恥ずかしいところを見せたらどうしようって」
「ふふ、らしいね。あたしも同じ。でもねーー」
ロランスはマグカップを持ったまま、ゆっくりと笑った。
「恥ずかしいことを恐れる人って、本当はすごく優しい人なんだよ。だって、自分を見せるのが怖いっていうのは、人に見てもらいたいからでしょ?」
「……そうなのかな?」
「そうだよ。あたしね、今日のポラリスさんを見てて思ったの。扇子を落としても、顔を紅くしても、それでもちゃんと立ち上がってた。あのときの笑顔、きっと”本物”だよ」
胸の奥が少しだけ熱くなる。
褒められているのに、涙が出そうになった。
「ロランス……ありがとう」
「ね、あたしからひとつお願い。明日は”完璧な令嬢”じゃなくていい。”ポラリスさんらしく”踊って。顔を上げて、笑って。それだけで、たぶん誰より綺麗になるから」
「……笑って、踊る」
小さく呟くと、ロランスが頷いた。
「うん。あたし、ポラリスさんの笑顔が大好きだから」
その一言が、胸の奥に温かく残った。
気がつけば、カップの中のミルクティーが半分も無くなっていた。
「もう夜も遅いから、寝ようか」
「うん……ミルクティーありがとう」
「いいの。あたしも眠れなかったから」
ベッドに潜り込むと、ロランスが扉のところで振り返る。
「おやすみ、ポラリスさん。夢で練習してもいいけれど、転ばないようにね?」
「ふふっ……おやすみ、ロランス」
ロランスが去った後、部屋は再び静けさを取り戻した。
けれど、不思議と眠れない不安は無くなっていた。
月明かりの中、ボクはゆっくりと目を閉じる。
(明日は、笑って踊ろう。ロランスが言ってくれたみたいにーー)
そう思いながら、ボクは穏やかな眠りへと落ちていった。




