心の花弁
放課後、稽古のために礼法室へ向かう。
「ほ、本日はよろしくお願いします」
予告されていたし、礼法室だから予感はしていたんだけれども……
そうだよね。
「まあまあ、またお会いしましたわね。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
ペタル講師だった。
ゼナイド様が直接稽古をした時には空き教室だったから。
今のところ礼法室にゼナイド様は見当たらない。ロランスはもう来ていて、見学をしていた。
「お顔の紅潮、だいぶ控えめになりましたね?」
ニコニコとしているけれども、ペタル講師には圧があった。ゼナイド様とは違っている圧が。
「ど、どうも……」
(また、羞恥プレイが来ちゃうのかな……?)
噂だけじゃなくて、本当だったし……
礼法室は鏡でボクの姿を見えちゃうから。恥ずかしがっているボクの顔や姿が。
どうなるのかな。
「頑張れ、前よりもマシな角度で伏し目になってるよ」
ロランスが小声で声援を送ってくれた。嬉しいかな。
微笑みながら軽く頭を下げてお礼を返す。
「さて、本日は”舞踏中の扇子礼”を練習します。ダンスの一瞬に礼を添えるのが乙女の嗜みですので」
ゼナイド様に稽古をつけてもらった内容に加える形で、それをやるんだ。
「まずはその場で、扇子の動きをしましょう」
「は、はい……」
ボクはペタル講師の言われるとおりに、扇子と身体を動かしていく。
「さあ、目線を。右へ、左へーーあら、そう、そこで微笑んで」
「こ、こう……?」
「ええ。ではそのお顔を見てみましょうか」
「み、見れないですって……!」
鏡には絶対、顔を真っ赤にしているボクの顔が映っている。
恥ずかしすぎるし、ボクの顔って信じられないくらいの表情になっていると思う。
「恥ずかしがってはだめですわ。目は”心の花弁”なのですから」
(だって……ボクの顔がとんでもない事になっているって……)
「閉じたままでは、風も光も入ってきませんのよ」
(ろ、ロランスぅ……!)
ボクの顔は見られない。
けれども、ロランスの様子が気になった。
で、見てみたら、ロランスは脇に寄せている机に顔を伏せて、笑いをこらえていた。
震えていて、大爆笑だって分かる。
ボクに気を遣っているのか、遣っていないのか分からない状態。
「まだまだ続きますから、ここで止まっていられませんわ」
と、礼法室のドアが開いた。
入ってきたのは、ゼナイド様。
「……まだ”花弁”を開かせているのね、ペタル講師」
ボクとペタル講師の様子を見て、微笑みながらもゼナイド様はつぶやいていた。
声のトーンは柔らかいけれども、棘があった。
「おほほ、ゼナイド様。貴女も前はよく赤面なさっていましたでしょう?」
「ふふ、今は違うわ」
ゼナイド様は真っ赤にすることもなく、にっこりとしている。
動揺していないなんて、やっぱり凄いよ。
「……ポラリス、もう一度最初から。今度はわたくしが一緒に踊りましょう」
「えっ、ゼナイド様が……!?」
ペタル講師との稽古に参戦するなんて。
嬉しいけれども……
「昨日踊りましたわよ。復習も兼ねてですわ」
「う、うん……」
ということで、ボクはゼナイド様と踊りながら扇子の動きをする。
さっき教えてもらったことを実践しながら、踊っていく。
結構集中するのが大変。
……それに、恥ずかしすぎるから。
顔は真っ赤になりっぱなしで、ポットを頭の上に置いたらすぐに沸きそう。
「さっきよりは上達していますわ。より表情を細やかに」
「こ、こう……」
「そうですわよ」
目が回りそう。
でも逆に、鏡が気にならなっていた。
頭の中がダンスと扇子礼でいっぱいになっているから。
「短期間ですが、ここまで来ましたわね」
「ありがとうございます……」
ペタル講師からお褒めの言葉を言われて、ボクは何とか微笑みながら返事をする。
体力がもう切れる寸前……
「はぁ……」
稽古が終わったけれども、ボクはぐったりと脇の椅子に座っていた。
ああ、昨日までよりもへとへと……
顔は色々な意味で真っ赤になっている。
「大丈夫?」
ロランスが心配そうに話しかけている。
さっきまでは大爆笑をこらえていた表情だけれども、今はそうでもない。
「う、うん……」
微笑むんだけれども、自分でも本当に微笑んでいるか分からない。
「ねえポラリスさん、さっきより自然に動けてたよ」
「そうだった?」
「うん! ちゃんと”らしい”動きだった」
(らしい、か……たぶんもう、前ほど怖くないけれど)
何度も恥ずかしい気持ちになったけれども、徐々に慣れてきていた。
ボク自身が令嬢そのものへとなっているのかな。
「そこで寝たら朝までずっとですわよ」
「ゼナイド様……」
「ここまでこれたのは、褒めて差し上げますわ」
「ありがとうございます……」
皮肉を言いながらも、ボクにねぎらいの言葉をかけてくれた。
力なくだけれど、ゼナイド様に感謝を伝える。
「羞恥も一種の礼法よ。己を律するための鏡になるの」
「そうなんですね……」
「少し休んだら寄宿舎へ戻りなさいな。夕食がお預けになりますわよ」
「うん……」
と、ゼナイド様が先に帰っていった。
ずっと居たら申し訳ないから、これで大丈夫かな。
「どうするポラリスさん、あたしは一緒に居てあげようか?」
「……助かるよ」
(ああ、夕焼けが綺麗……)
だらんとしているけれども、窓から見える夕陽は美しく感じた。
窓の外の空は金から紫に変わり、礼法室の鏡には、夕陽の光がゆらりと反射していた。
その光の中で、ぼんやりと自分の姿が見えた。
(……少しだけ、貴婦人の顔に近づけた、かも)




