第2話 舞踏会の朝
舞踏会当日の朝、学院の空は雲一つ無く晴れていた。
王宮行きの馬車が次々と門を出ていく。窓越しに見えた金色の装飾が、今日という日の特別さを物語っていた。
「準備はできたかしら?」
ゼナイド様の声がして、ボクは慌てて姿勢を正す。
「は、はい! あの、リボンはこれでいいですか?」
仕立て直したドレスを着て、ゼナイド様に確認する。
「まあまあ。……もう少し左。貴女、鏡を見なさい。曲がっているわ」
ゼナイド様が軽くため息をつきながら、器用にボクの襟元を直してくれた。
それだけの仕草で、まるで本物の姉のように見えた。けれど、その瞳の奥には冷たい光がある。
「舞踏会は戦場よ、ポラリス。足の運びひとつ、視線ひとつで”評価”が決まる」
「わ、分かってます……」
でもボクにとっては、踊るよりも食べる方かな。
「貴女はわたくしの取り巻き。下手な真似をして、わたくしの名に傷をつけないで」
「は、はいっ」
言われるたびに胃がきゅっと縮む。
怖いけど離れたくない。
守られている気はしているけれど、縛られている気がする。
そんなゼナイド様に憧れながら、ボクは小さく息を吸った。
「ま、心配はしていませんわ。貴女は……妙に運だけはあるもの」
運かぁ。
ボクが取り巻き令嬢に転生したのも、運かもしれない。
転生する前は絶対的に悪かった訳じゃないけれどね。
「貴女は”わたくしのもの”なの。失敗したら、許さないわよ?」
ゼナイド様はボクに念押しをしてきた。
笑顔を見せているのに、ボクの胸は苦しかった。
「はい……」
ロランス・プルゼニが笑いながら寄ってくる。
「ゼナイド様の言葉、つまり”失敗しなければ合格”ってことだよ。ね、ポラリスさん」
「そ、そうだね……まあ、とりあえず、料理をこぼさないように頑張る」
「えっ、そこ!? もっと別の目標を持とうよ!」
ロランスが肩を落とし、ゼナイド様がくすりと笑う。
そんな空気の中、学院の鐘が鳴った。出発の合図。
馬車に乗り込むと、ふわりと香水の香りが漂う。
窓の外では、学院の白い尖塔が小さくなっていく。
ゼナイド様は黙ったまま外を眺め、ロランスは緊張を紛らわせるように雑談をしていた。
「ねえ、ポラリスさん。王宮に行くのって初めて?」
「うん……」
「そっか。じゃあ楽しみだね」
「う~ん……分からないや」
馬車の揺れに合わせてドレスの裾がふわりと広がる。
やがて、窓の向こうに白亜の塔が見えてくる。
王宮だ。
「さあ、着いたわよ」
ゼナイド様が立ち上がる。その瞬間、車内の空気がぴんと張り詰めた。
扉が開くと、無数のシャンデリアの光が外まで漏れている。
煌めく大理石の階段、音楽のように響く人々のざわめき。
胸が高鳴る。
(……これが、王宮の舞踏会なんだ)
緊張と期待とが胸の中で渦を巻きながら、ボクは深呼吸をして足を踏み入れる。
ボクは震える手でドレスの裾を持ち上げ、一歩ずつ赤い絨毯を踏みしめていった。
舞踏会だから、今は笑顔を保っているけれど、緊張しっぱなし。
それに、意味深な誰かの視線をちょっとだけ感じた気もする。
この夜が、何も知らなかったボクの運命を変えるなんて、まだ想像もしていなかった。




