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夜の静けさ

「はぁ……」


 夕食になって、いつものように寄宿舎の食堂で食べる。

 地方風野菜の煮込みにサラダとパン。

 いつもの料理が並んでいる。

 スプーンと皿がぶつかる音だけが響いている。香辛料の匂いがやけに濃く感じた。

 一昨日までだったら、ボクはパクパクと食べていたんだけれども……今日は疲れ切っちゃって、食欲が出ない。

 美味しそうだけれども、ボクはぼんやりと煮込みを眺めている。

 周囲で楽しそうに会話している令嬢達。

 なのに、ボクの周りでは誰も近づいてこない。

 それどころか、ボクを見てひそひそと話していた。比較的近い場所だと、扇で口元を隠していたりする。


(明らかすぎるって……)


 舞踏会で踊ってからボクは、状況が変わっちゃった。

 何でボクは殿下と踊ることになったんだろう。しかも最後の曲で。

 理由は殿下にしか分からないのかな。

 色々と考えながら、ゆっくりと食事をしていく。

 でもフォークを持つ手が重い。

 小学生男子だった頃のボクなら、カレーでも三杯はいけたのに。

 今はフォークひと口ですら、気力を使う。


「失礼するわ」


「ゼ、ゼナイド様!? お疲れ様です!」


 すると隣の席にゼナイド様が座った。

 黒髪が蝋燭の光で煌めいていて、座るだけで雰囲気が変わってしまう。

 ゼナイド様はいわば、氷の女王だけれども、何故かほんのり温かい感じだった。


「あら、食べないの? 舞踏会ではあんなに食べていたのに。食べないと、上手く踊れないですわよ」


(そこ、弄ってくるんだ……)


 まだまだ鮮度が高いから、容赦なく言ってくる。

 ゼナイド様はそんな方だけれど。


「ちょっと疲れていて……」


 苦笑いしながら、ゼナイド様に返答する。


「そうですわね、洗礼とでもいうべきかしら。ふふ、思い知ったの?」


 微笑みながらながら、ボクに顔を向ける。

 ボクの表情は苦笑いで返すのが精一杯だった。


(もう、思いっきり……へとへとです……)


 修羅場なのは覚悟していたけれども、これは辛すぎる。

 元の世界が天国に見える……


「はい……」


「だけど、これからよ。貴女は最後に踊った事で、殿下と事実上の婚約候補になったのだから」


(もっと大変になるんだ……胃が痛くなりそう……)


 想像もつかない。

 どうなっちゃうんだろう。


「さて、もっと食べなさいな。わたくしのも差し上げますわ」


「あ、ありがとう……ございます……?」


 するとゼナイド様はボクの食器に料理を。

 少しずつ食べていた煮込みが、食べる前より増えている。


(余計に食欲無くなるよ……)


 でも食べないと。

 ゼナイド様に申し訳ないから。


「いいのですわ。ポラリスはわたくしの取り巻きの一員ですから」


「あはは……光栄です……」


「さあさあ、食べてくださいな」


 ボクは少しずつ食べていく。

 案外、増えた分も口の中に入っていった。お腹は正直なのかな。


「あら、ポラリス嬢。量が多くて羨ましいですわ」


「アデリナ様……!」


 この場にアデリナ様までやってきた。

 美しい金髪が蝋燭の光で輝いている。

 金と黒ーーまるで朝と夜が同じ皿の上で争っているみたいだった。

 優雅な光景。周囲はボクのおかげでみんな避けているけれども。


「あら、アデリナ嬢、ちゃんと食べていますの?」


「当然食べていますわ、ゼナイド様。私も殿下と踊りたいので」


 またバチバチとしちゃった。

 どう止めたら良いんだろう……


「そうですわね、最初だけじゃなくて、もっと踊れるようにしませんと。最後の曲とかに」


「まあ、それは”偶然”を狙わないと厳しいかもですわ」


 うわぁ……ボクの事を言っているよ。

 ここでも言うんだ。


(なんでボク、こんなに挟まれているの……? 煮込み一杯で外交問題が起きそうなんだけど!?)


「とはいえ、それこそアデリナ様はもっと食べなくては」


 アデリナ様も似たようないじくり方をするんだ。

 逆に似ているのかな。二人って。


(家庭科の調理実習より難易度高いよ!)


 食事のタイミングなのに、お腹が痛い……


「ええ。そういえば明日の食事会、貴女も出られるのでしたね」


「勿論ですわ。わたくしだけではなくてポラリスも、ですけれど」


「あ……」


 忘れていた。明日、ボクも食事会に参加するんだった。疲れていて、忘れていた。

 まあ、舞踏会前に決まっていたけれども。

 大変な事になりそう。

 婚約候補になっているから……


「ゼナイド様にアデリナ様、お料理が冷めてしまいますわ」


 とロランスが二人の会話を終わらせるように声をかけてきた。

 丁度良いタイミング。

 良かった……


「そうでしたわね。頂きませんと」


「ポラリス嬢、婚約候補として優雅に振る舞う事を期待していますわ」


「あ、ありがとうございます……」


 二人は別の座席へと座って、食べていった。

 何とかこの場は終わったけれども……


「ポラリスさん、大丈夫?」


「ロランス……ありがとう……」


 疲れた表情を見せながらも、感謝を伝える。


「相当参っているね」


「舞踏会後からずっとこんな風だよ……疲れちゃうって……」


 修羅場モードがずっと続いているんだよ。

 こんなの参るに決まっているじゃん。


「今のところ……周りは敵だらけだけど、味方は必ずいるから」


「そ、そうなの?」


「うん、あたしが保証する」


 確かにロランスがゼナイド様の取り巻きだけど、ボクにも優しい。

 居ないわけじゃないよね。

 その言葉が、今日一日の中でいちばん優しかった。それだけで、胸の奥が少し温かくなった気がした。


「ありがとう……」


「さあ、食べて食べて。煮込みが冷めちゃうから」


「うん……」


 少し元気が出てきて、料理を全て食べていく。

 味も戻ってきたかな。美味しい……


(無事に終わってくれるかな、食事会……食べて終わりなら良いんだけれども……)


 そう願いながら、皿の底に映る蝋燭の火を見つめた。その揺らぎが、明日の波乱を予告しているみたいだった。

 小さな光なのに、どうしてこんなに怖いんだろう。

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