第104話 温室実習4
午後の授業として、ボク達は数人ずつ温室の隣にある小さな作業室へ案内された。
作業室は乾いた木の匂いがする。
机が並んでいて、紙とインクが置かれている。
(記録、か)
収穫した野菜の名前。
数。
状態。
それだけを書く作業。
一日経っているけれども、思い出しながら書くことになりそう。
「派手じゃないわね」
令嬢の誰かが小さく言った。
先生は頷いただけ。
「だから大切です」
ボクは席に着く。
ロランスは隣。
アデリナ様が反対側に。
紙を見る。
罫線が引かれている。
・品目
・数量
・状態
(昨日、切ったやつだよね)
ちょっとずつ思い出しながら、書いていく。
ナス、ハーブ。
中玉。
表面良好。
ペンを動かして書いていく。
音はかすかにするくらい。
ロランスのペンも、同じリズムで動いていた。
迷いがない。
「ね」
ロランスは小声で話した。
「なに?」
「書くと、実感するね」
「うん」
育てて、見て、取った。
そして食べて、残す。
(ちゃんと終わらせている)
アデリナ様の字は丁寧だった。
一文字ずつ、間を取って書いていた。
慎重だけど、止まらなかった。
誰もがちゃんと記録を書き終えていく。もちろん、ボクだって。
「こちらは以上です」
先生に言われて、紙が集められた。
束になって、棚に置かれる。
(これで終わり)
誰も拍手しなくて、誰も誇らない。
でも。
ボクは、少しだけ息を吐いた。
「ね」
ロランスが言う。
「今日も、ちゃんと終わったね」
「うん」
それで十分だった。
収穫物は、もう温室にも食堂にもない。
でも、記録の中には残っている。
それが、悪くなかった。
「あれ?」
「どうしたんだろう」
温室を出ていって、廊下を歩いているとき、掲示板に人だかりが。
どうしたんだろう。
「来月、学院祭だって」
子息の一人が掲示されているものを見て、呟いた。
ボクは見えていないけれども、察した。
「へぇ、もうそんな時期なのね」
令嬢も同様に呟いていた。
「今回はどうなるんだろうな」
やっぱり注目されているんだ。
学院祭って、結構大きいイベントだよね。
ボクも見える順番になって、見てみた。
やはり”学院祭”に関すること。
『一般公開あり』だって。
詳細はこれからだけれども、時期は確定したんだね。
「ね」
ロランスの小さな声。
「来ると思ってた?」
「うん」
予想していなかったわけじゃない。
学院祭は知っていたから。
でも、やっぱり少しだけ身構える。
「忙しくなりそうだね」
「そうだよね」
嫌いじゃない。
でも、楽観もしない。
音楽会よりも長く、温室実習よりも人が関わる。
ーー舞台が、少しずつ整い始めていた。
「ポラリスさん」
ロランスがぽつり。
「なに?」
「今回は、逃げ場も多そうだよ」
その言葉に、少しだけ笑った。
「うん」
学院祭は、まだ始まっていない。
でも、もう始まっている気がした。




