第103話 温室実習3
翌日、午前中の授業が終わったから、学院の食堂へ行ってみた。
無事に終わっていることを安心しながら。
すると、少しだけ匂いが違っている。
(あれ)
食堂に入った瞬間。
パンとスープの匂いに混じって、ほんのりと焼いた野菜の匂いがする。
人は、いつも通り。
ざわめきも、いつも通り。
でも、何かが一つだけ違う。
トレイを取る。
今日の主菜。
(……ナス)
焼き目がついたナス。縦切りにされているけれども、ナスの形は分かった。
色が、昨日見たものと同じ。
それに刻まれたニンニクと玉ねぎが。
油は控えめだけど、オリーブとニンニクの香りが鼻に入ってくる。
美味しそう。
(気のせいじゃない)
席に座る。
ロランスが、少し遅れて隣に。
苦笑いをしながら。
「話していたら遅れちゃった。隣、大丈夫?」
「うん」
会話はそれだけ。
縦切りになっているけれど、フォークで持ってみる。
昨日、あの実を持ったときの感触と、同じだ。
まず、一口。
噛む。するとみずみずしい感じが口の中に広がった。
(ちゃんと、ナスだ)
当たり前の味。
でも、昨日より少しだけ、輪郭がはっきりしている。
「ね」
ロランスが、こちらを見る。
「それ」
「うん」
視線が、皿の上に行く。
ボクもロランスも。
「温室のだよね」
「多分」
声は、小さい。
断定はしない。
「味、どう?」
そう答えたら、ロランスは少し笑った。
「いいね、それ」
確かに。
特別じゃない。
でも、ちゃんと食べられる。
向かいの席を見てみると、アデリナ様とブランカ様が座っていた。
アデリナ様も、ナスを見ていた。
一拍置いて、口に運ぶ。
「美味しいですわね」
言い切った。
でも、大きくは言わない。
ただ感想を言っただけ。
「ええ」
ブランカ様も、それだけ。
その少し離れた席。
ゼナイド様がお昼ご飯を食べていた。
他の取り巻きの令嬢と会話をしながら。何を話しているのかは分からないけれど。
皿を見て、一口。
表情は変わらない。
いつもの通りみたいに。
けれど、ほんの一瞬、ナスの切り口に視線が落ちた。
(見た)
評価でも、驚きでもない。
確認しただけ。
ゼナイド様は扇子を開かず、何も言わずに食事を続けた。
少しすると、ゼナイド様はナスを切り分ける向きを一度だけ向けた。
でも何となく分かった。
(美味しいんだね)
誰も、説明しない。
誰も、誇らない。
誰も、『昨日の収穫』と言わない。
(でも、分かる)
水をあげて、育ったのを見て、切り取った。
そして、ここにある。
ロランスが、ぽつり。
「ちゃんと、繋がっているね」
「うん」
それで、十分だった。
食堂は、今日も普通に流れていく。
音も、声も、時間も。
ただ一つだけ。
昨日の温室が、静かに、皿の上に乗っていた。




