昼の庭園、微笑の決闘
「その必要はありませんわ、アデリナ様」
低く澄んだ声が中庭の空気を裂いた。
陽光に染まる金髪の輝きの向こう、反対側かた歩いてくるのは漆黒の髪を揺らすゼナイド様。
扇子を軽く振りながら、アデリナ様の前でぴたりと止まる。
まるで昼と夜がぶつかるように、二人の気配が交錯する。
「彼女は本来、わたくしの付き人。あまり混乱を招くような質問はーー控えていただけます?」
アデリナ様が微笑を崩さない。
「まあ、そんなつもりはございませんのよ。ただ、彼女の”気持ち”を聞きたかっただけ」
「気持ち、ね……取り巻きが一晩で婚約候補になるなど、前代未聞ですもの。貴女の好奇心も理解できますわ」
二人の視線が火花を散らす。
その間に挟まれるボク。
(え、これ昼休みだよね? どう見ても決闘前の空気なんだけれど)
二人の言葉は、どちらも礼儀正しいのに鋭くて。
見えない剣で、ゆっくりと相手の喉元を探っているようだった。
(待って待って、二人とも笑顔なのに声が怖い……!! これ絶対、何か始まるやつじゃん……!!)
「殿下の”お好み”が変わったのでしょうか」
「あるいは、可愛らしい偶然……運命かもしれませんね」
二人の言葉の応酬は、どちらも表向きは優雅。
でもこれって、ボクの正当性を巡る攻防。
このままボクで言い争いをするのかな。そんなのはイヤだ。
そう思って、ボクが沈黙を破った。
「……えっと、ボクはその……ただの取り巻きだから。ええと、昨日のことも、本当に偶然というかーー」
誤魔化そうとした言葉、それをアデリナ様がすぐにかぶせた。
「まあ、ご謙遜なさって。殿下が”偶然”で最後の曲でお選びになるはずがないわ。それに昨日見ましたわ、殿下はあなたをはっきり選んだと」
ゼナイド様も扇子で口元を隠しながら笑う。
「そうね。きっと殿下は、愚かな好奇心に駆られただけでしょうけれど」
この場の空気が一瞬にして冷たく凍る。
逆効果だった……
(やめて……これ、もう逃げられないやつ……!!)
と、その時。
傍らで見守っていたロランスが、静かに一歩前へ出た。
「ゼナイド様、アデリナ様。お二人の会話はいつもながら華やかですがーーここは昼食の場ですから、紅茶が冷めてしまいます」
二人の令嬢は、ロランスのおかげでほんの一瞬だけ視線を交わして、微笑を保ったまま引き下がる。
去り際、アデリナ様が軽く手を振る。
「またお話ししましょう、ポラリス嬢」
「ごきげんよう」
残された中庭に、ボクとロランスだけが取り残された。
「……助けてくれてありがとう」
「ううん、大丈夫。まあ、どっちかっていうと……ただ、空気が悪くなるのがイヤだっただけだから」
ロランスの微笑は冷たくても、どこか優しかった。でもロランスの横顔には、ほんの一瞬だけ鋭い光が走った。
あの人も、ただの傍観者じゃないのかもしれない。
やがてボクは小さく息を吐く。
(ボク、今日生き残れただけでも奇跡かもしれない……)
風が吹き抜け、散った花弁が足元に落ちる。
それがまるで、今日の決闘の残骸みたいに見えた。




