表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

昼下がりのパン

 昼の鐘が鳴り、王立ルミナリエ学院の中庭は一斉にざわめいた。

 まるでドラマのワンシーンみたいだーー小学生だった”ボク”には、まだこの光景が現実とは思えない。

 石畳の上を学生達が行き交い、白い制服の袖が光に煌めく。

 ボクはいつものように、ゼナイド様の昼食の席へと足を運ぶ。

 黒色の髪を揺らす彼女の姿は、日差しの中でひときわ輝いていた。

 彼女の立つ場所だけ、空気が澄んでいるように感じた。それがゼナイド・ヴィエンヌという人の持つ、見えない支配力だった。

 それに対してボク達は、その光の周りで静かに立つ花のようなもの。


「ポラリス、パンばかり取って。少しは彩りも考えなさい」


 ゼナイド様が呆れたように言っていた。

 ボクはゼナイド様を慕っている。


「だって、ここのパンが一番美味しいから」


「庶民ね」


 と、ゼナイド様が笑っていた。

 それを見て、アデリナ様が紅茶のカップを傾けながら、穏やかに口を開いた。


「気にすること無いわ、ゼナイド様。人にはそれぞれ得意なことがあるもの。ポラリス嬢は”食”に関してだけは、鋭い感覚を持っているのよ」


 アデリナ様とゼナイド様は、ライバル同士だったりする。


「……アデリナ様、ありがとうございます」


 褒められたのか、慰められたのか分からない。

 でも、そう言われると悪い気はしなかった。


「まあ確かに、ポラリスに関してはそう言えているわ」


「光栄です……ゼナイド様」


 ゼナイド様の言葉も同様だった。

 悪い気はしないし、むしろ嬉しいかもしれない。

 彼女の言葉でひとつで、ボクの一日が明るくも暗くもなるから。


「明日、王宮で舞踏会があるわね。リュカ殿下もいらっしゃるとか」


 そんなとき、アデリナ様が言った。

 リュカ殿下……リュカ・ド・グランカルミア。

 この王国の第一王子。

 アデリナ様もゼナイド様も、殿下と結ばれたいと思っている。


「ぶ、舞踏会……! もちろん、ゼナイド様もご出席なさるんですよね?」


「もちろん。学院の代表として、貴女達も同行することになっているわ」


 ゼナイド様が軽く微笑む。

 その瞬間、胸がどくんと鳴った。

 王宮、舞踏会ーーどちらも、ボクのような立場には眩しすぎる言葉だった。


「舞踏会は見られる場よ、ポラリス。ひと口の料理の取り方さえ、貴女の”印象”になる」


「はい……気をつけます」


 ゼナイド様の瞳は、まるで鏡のようにボクの心を映している気がした。

 それでもボクは笑って言った。


「でも……料理は、きっと美味しいんですよね」


 ゼナイド様は一瞬だけ目を細め、そして柔らかく微笑んだ。


「貴女は本当に……変わらないわね。ええ、存分に味わいなさい。”その立場で許される範囲”で、ね」


 その言葉に込められた優しさと警告を、ボクは理解していた。

 でも、心のどこかで少しだけわくわくしていた。

 舞踏会で踊るよりも、料理を食べる方に。

 自分の居場所の境界線を、ほんの少しだけ踏み越えたくなるようなーーそんな午後だった。

 でも、その日を境に、ボクの日常は静かに傾き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ