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竜の牙、凋落の物語  作者: 伝福 翠人


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敗残者たち

シーン1:放浪の果てに


俺たちは、冒険者として「死んだ」。あの洞窟で、エンシェントドラゴンという絶対的な存在を前に、俺たちのちっぽけなプライドも、実力も、そして魂も、全てが焼き尽くされた。


命からがら転移した先は、どこまでも続く、荒涼とした岩と砂の荒野だった。


俺たちは、生ける屍となって、当てもなくさまよい始めた。どこへ向かうという目的もない。ただ、死んでいないから、歩くだけ。それが、俺たちの放浪の始まりだった。


会話は、なかった。あるのは、乾いた風が砂を巻き上げる音と、力なく地面を擦る、三人の重い足音だけ。俺たちは、もう仲間ですらなかった。ただ、同じ方向に歩いているだけの、見知らぬ他人。いや、他人以下の、互いの存在が生み出す絶望を、無言で共有するだけの、ただの同行者だった。


俺の心からは、あの狂気じみた高揚感すら、綺麗に消え失せていた。後に残ったのは、色のない、空っぽの虚無だけ。セリーナは、かつての虚栄心が嘘のように、破れ、汚れ、ところどころ肌が覗くぼろ布をその身にまとっていた。彼女の瞳から、光は完全に消え失せている。ガストンは、ただ黙って歩いていた。これまでも寡黙な男だったが、今の彼の沈黙は、もはや彼の性質ではない。心が、魂が、完全に死んでしまったことの、何より雄弁な証明だった。


俺たちは、ただ、空腹と渇きという、生き物としての最低限の欲求を満たすためだけに、歩き続けた。


どれくらいの時間が経ったのか、もはや誰にも分からなかった。太陽が昇り、燃えるような熱で俺たちを炙り、そして地平線の向こうに沈んでいく。その、あまりにも単調な、永遠に続くかのような繰り返しが、俺たちの頭から、思考という最後の機能を奪い去っていった。


そして、ついにその時が来た。最初に膝をついたのは、セリーナだった。続いてガストンが、そして最後に俺が、まるで糸の切れた人形のように、乾いた大地に崩れ落ちた。もう、一歩も動けない。ああ、ここで野垂れ死ぬのか。その事実を、俺は、何の感情もなく、ただ受け入れていた。


朦朧とする意識の中、俺の目に、一つの光景が映った。遠く、陽炎のように揺らめく地平線の向こうに、巨大な城壁に囲まれた、白い都市の姿が見える。


それは、あまりにも美しく、そしてあまりにも非現実的な光景だった。死の間際に旅人が見るという、幻のオアシス。きっと、これもそうだろう。俺は、その幻想的な光景を最後に、ゆっくりと目を閉じた。


シーン2:光と影の邂逅


次に俺が意識を取り戻した時、目に映ったのは、染み一つない、真っ白な天井だった。乾いた大地ではなく、柔らかな寝台の感触が背中にあった。俺たちが荒野で倒れていたところを、あの都市の巡回兵が見つけ、助けてくれたのだという。その都市の名は、『アイギス』。荒野に突如として現れた、奇跡の城塞都市なのだと、世話をしてくれた老婆はそう教えてくれた。


俺たちは、身綺麗な服と、温かい食事を与えられた。だが、その施しに、感謝の念など湧いてはこなかった。空っぽの心には、もはや何の感情も宿ってはいなかったのだ。ただ、言われるがままに、俺たちは街の中へと足を踏み入れた。


そして、圧倒された。


石畳の道は塵一つなく磨き上げられ、道行く人々の顔には、誰もが幸福そうな笑みが浮かんでいる。子供たちの屈託のない笑い声、市場の活気に満ちた喧騒、そして、どこからか聞こえてくる陽気な音楽。そこは、俺たちが知るどの都市よりも豊かで、平和で、そして美しい、まさに「奇跡の都市」だった。


その、あまりにも眩しい光景の中で、ぼろ布のような服をまとった俺たち三人は、まるでこの世に存在しない幽霊のように、場違いで、みすぼらしい影だった。


不意に、街の中央広場の方から、ひときわ大きな歓声が上がった。何かが起きているらしい。俺たちは、何かに引き寄せられるように、無意識のうちに、その人だかりの先へと、ゆっくりと歩を進めていた。


人だかりの先、その中央に建てられた壮麗な建物のバルコニーに、一人の男が姿を現した瞬間、民衆の喝采は、地響きとなって広場全体を揺るがした。


「領主様ー!」


「アイギスの英雄!」


その、民衆の熱狂的な喝采を一身に浴びて、静かに手を振る男。それは、かつて俺たちが、「地味で」「陰気で」「足枷だ」と罵り、追放した、あの支援員、アルトその人だった。


かつての、自信なさげに俯いていた面影は、どこにもなかった。かといって、俺たちのような傲慢さもない。ただ、静かな自信と、民衆を慈しむような、穏やかな威厳に満ちていた。彼が成し遂げた偉業が、彼を本物の「英雄」へと変えたのだ。


その姿と、彼を心からの信頼と敬愛の目で見つめる民衆の姿を前に、俺たちは、完全に言葉を失っていた。


ああ、そうか。俺たちが捨てたものは、ただの支援員ではなかったのだ。俺たちが踏みつけにしたと思っていた礎は、俺たちが思っていたよりも、ずっと、ずっと巨大で、そして尊いものだったのだ。


怒りも、嫉妬も、後悔すらも、もはや湧いてはこなかった。空っぽの心に、ただ、絶対的な、そしてあまりにも遅すぎた「理解」だけが、冷たい水のように、静かに染み渡っていく。


俺たちは、何も言わずに、踵を返した。そして、英雄を讃える民衆の喝采を背に、その場を、まるで亡霊のように、静かに立ち去った。


それは、俺たちの、完全な精神的敗北だった。

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