にのさん
星御海学園の校門前をあとにしたアタシたちは、副店長の道案内で副店長の言葉通りの大雑把な街の地理を教えてもらった。
──しかも、自分たちの足だけで!
てっきり、少し距離のある場所へは途中で公共交通機関を利用するのだろうと思っていたのだけど、まさかの徒歩。
ただ、幸いと言っていいのか、今日は時間が午前中と区切られていたので、『お店』を中心とした近場と市役所などの公共施設が集中している中央地区までの道のりだけだった。
それでも運動量は想像以上で、『お店』の前に帰り着いた今現在、アタシは全身汗だくで息も切れ切れ。
──ああ、はやくシャワーを浴びてスッキリしたい……。
そう内心で吐露する傍ら、同じ距離を歩いた三人を見てみると、────
副店長は流石と言うべきか、汗もさほどかいている様子もなく余裕が見て取れる。
大学生さんもまた副店長と同じく、体力が有り余っていようだ。
彼(?)の方はアタシほどではないが、それなりに汗だくのようで、肌に張り付く衣服を気にしている。でも、やはり男の子だからなのか息を切らしている様子はない。
「いや~、今更ながら中央地区への行き帰りはバスを利用しとけばよかったな……歩きはマジ疲れた…………」
はい!?
『お店』の出入口前に到着した瞬間、副店長はそう言葉をもらした。
副店長のその言葉にアタシは驚愕すると同時に僅かばかりの憤りを覚えるも、苛つきに震えだした拳を収める。
副店長の真意が定かではないのに勢いで糾弾して、もしアタシの早とちりだった場合は目も当てられない。
でも、彼(?)はそうではなかったようで、副店長に詰め寄り、
「詩音さん、あの『melodia』ってロゴが入ってるトラックって、まさか──?」
あり? 副店長がもらした言葉に対してじゃない?!
「ああ、アレか。少年が想像している通り東地区にあるケーキ屋『melodia』の車さ」
「やっぱり。でも、どうして『うち』に来てるんですか?」
「ま、話せば長くなるから詳細は省くが、端的に言えば『ウチ』のねこカフェで『melodia』のケーキを客に提供しているからだ」
「……なるほど、どうりで。一昨日、ねこカフェに来たのに猫と戯れないで帰っていくお客さんがいたから不思議に思ってたんです。そういう理由だったんですね」
「そういうこと。ところで、少年はどうして『melodia』のことを知ってたんだ? 清美市には初めて来たって、言ってなかったか?」
「はい、言いましたよ。ですが、清美市に引っ越すことになってから、お母さんと清美市にある人気のスイーツ店なんかをいろいろと調べたんです。それで知ってたんです」
「ほーお、成る程そういうことか。それで、やっぱり少年は『melodia』のケーキを──?」
「食べてみたいです!!」
「──だよな。『ウチ』じゃ、『melodia』のケーキの持ち帰りの注文も受けてるから、頼むか? ただ、ケーキが届くのは明日になるけどな」
「是非、お願いします!」
「了解。そんじゃ、中に入ってケーキ選びでもするか」
「はい♪」
星御海学園の校門前の時と同じく、またもアタシは置いてきぼり。
だけど、先とは違って今の話しにはアタシが入れる余地はあった。
でも、アタシ自身の無意識が隔たりをつくって、他者と触れ合おうとする意志を躊躇わせる。
──コロンカラン~。
「おう、戻ったぞ」
「ただいま、戻りました」
「戻りました」
開かれた『お店』の扉の中から店長の「おかえり~♪」という明るい声が響いてくる。
アタシも三人に続いて、扉をくぐる。
「……只今、戻りました」
「おかえり、新人ちゃん。お昼、歌音ちゃんが作ってくれたから、シャワー浴びたら食べてね」
「あ、はい、わかりました」
副店長と彼(?)の姿はすでにカフェフロアのカウンター内にあり、そこに歌音ちゃんが加わっていて、アレコレと「どのケーキがいいか」とか「このケーキおいしそう」とかを和気あいあいと話し合っている。
ちなみに、大学生さんはケーキには興味ないのか、店長に「お昼ご飯が出来てるわよ」と言われてすぐにダイニングへ。
アタシは──
A:その話し合いに参加する。
→B:汗だくだし、シャワーを浴びる。
アタシは副店長らを横目に通り過ぎ、シャワーを浴びに居住区へ────
──シャアアアーーー……
シャワーノズルから溢れだす液体が、アタシの身体を伝ってベタつく汗を洗い流していく。
──ガラガラガラ……。
お風呂場内に響くシャワーの水音に異音が混じる。
それは、お風呂場のドアが開かれる音で間違いない。
──えっ!?
なんで、お風呂場のドアが……?
ちゃんと、入っている事を示す『入浴中』の札を掛けたのに────
──ペタペタペタ……
しかも、断りどころか言葉も無しに入ってきたっ!?
アタシの視線はシャワーのある正面12時の方向を向いている。そして、お風呂場の出入口であるドアがあるのは凡そ9時方向。
どうしよう……怖くて、視線をドアの方に向けられない。
でも、一体誰なのだろう──?
考えたくはないけれど、ココにくる人物として考えられるのは“副店長”か“彼(?)”か“大学生さん”くらい。
──ペタペタペタ……。
──ッ!? ウソ……、もう、アタシの斜め後ろに────
「『──なんだ、小娘も水浴びか?』」
──…………ヱッ!?
なんで? なんで、ペンギンが入ってきたの?
それは、予想の範囲外。
意味が……わからない……。
「『ハッ! 小娘は脳足りんだな。オレ様がペンギンであるからこそ、水浴びをするのだ。欲を言えば、浴槽一杯に水を溜めて泳ぎたいところだが……────』」
な、……またも、ペンギンに小馬鹿に……──
──……ん?
……………………ハァー。
少しパニくったけど、ペンギンの発言への苛立ちで少しは冷静になれた。
まったく……、驚かさないでほしい。心臓に悪い。
「『────おーい、小娘。オレ様の話をちゃんと聞いているのか? ……まあいい。しかし、水浴びなのにお湯を出しているとは小娘は間が抜けているな。だが、オレ様は親切だからな。ほれ』」
──ほえ?
平常心に戻るのに意識を向けていたので、ペンギンの御託は聞き流していたが、聞き流してはマズい単語が含まれていたような……?
でも、それは間違いではなかったようで、────
「ヒヤッ! …………冷タイィ…………」
嗚呼、酷い目にあった……。
まさか、ペンギンがシャワーの『お湯/水』を操作するレバーを動かせるなんて、誰が思う?
有り得ない。──というか、そもそも機械を用いてるからって人間の言葉を使うこと自体、常軌を逸している!
周りの人達が当たり前にしているから、アタシ自身も気にすることは無かったけど、これって明らかに異常。
──ゼッタイ、おかしいよ!!
「よう、嬢ちゃんどうした? 箸が進んでないみたいだが、午前中の歩き詰めで疲れたかい?」
──ひゃひっ!?
突然、声をかけれて心臓が飛び出るかと思った。
考えに没頭していて、副店長が来たことに気付かなかった。
でも、ちょうどいい機会。
あの、アタシを三度も小馬鹿にした変なペンギンのことを詳しく聞こう。
「あの、副店長────」
「────詩音さん、シャワー空きましたよ」
アタシが副店長に声をかけたタイミングとほぼ同時に、ダイニングへとやってきた彼(?)が副店長に声をかける。
そして、アタシの声は彼(?)のはきはきとした声に掻き消されてしまう。
「おう、わかった。ところで、少年、その後ろ髪は?」
しかも、副店長の注目までも持っていってしまった。
「コレですか。このエクステは音恋さんが付けてくれたんです。コッチの制服だと長髪の方が映えるからって」
そう言って、彼(?)は一括りのテールになっている後ろ髪を見せる為かその場で回ってみせる。
午前中はアタシと同じ“『お店』の制服”を着ていたのに、今はねこカフェで歌音ちゃんが着ていたの同じ薄い空色を基調とした見た目を重視したデザインの可愛らしさを前面に押し出している“ねこカフェ用の制服”を着ている。
「ほうー、音恋もやるな。少年の可愛さをさらに引き出すとは……。すごく似合ってるぞ、少年」
たしかに、認めるのはなんか悔しいけど、とっても似合っていて思わず抱き締めて愛撫したくなるほどに可愛い。
「ありがとうございます。えへへ……」
副店長に褒められたことでまたもはにかむ彼(?)。
はて……? ────これは、既視感??
──いや、これは、まるっきり朝の彼(?)が『お店』の制服に着替え終えたあとのやりとりの再現じゃない!
各人の文言などに差異はあれど、副店長の褒め言葉・アタシの内心での感想・彼(?)の反応、此等すべてが朝の時と同じだ。
──って、偶々朝と似たようなやりとりになったからって、アタシは一体全体なにを考えているのやら…………自身に呆れる。
……………………はぁー。
「だが、どうして少年がその制服を?」
あぁ、それはアタシも気になった。
「はい、音恋さんに「今日の午後はねこカフェの方をお願い」って指示をもらったあとに「ねこカフェの仕事をする時は“コレ”を着てね♪」って言われて制服を渡されたので」
「へぇ~、そうか」
なるほどね。
でも、そうなるとアタシも──
「『──それは無いから、安心しろ小娘。だから、己が着たところの想像ないし妄想するだけ無駄だ!』」
──なッ!? 一体いつの間に?
ホントなんなの、このペンギンは?!