にのいち
──ピピピッ。ピピピッ。……
起床を促してくる電子音が響く。
アタシの目覚まし時計とは違って音喧しくない。
心地よさを感じてきてしまいそう…………だ?
「へ?」
──なんか、おかしい?
──……じりりりり…………
ああ、勘違いか。
ほら、やっぱりアタシの目覚まし時計は壁越しでも、煩い。
確か、売り文句が「寝坊助のアナタでも、これでバッチリ快適目覚め!!」だった。って、快適というより不快だよね、コレって。
…………はて? なんだろうか、やっぱり何処かおかしい。
未だに響く電子音と壁越しに鳴り響くアタシのアナログの目覚ましのベル。
「ん?」
…………あれ? 壁越しに鳴り響く?
なんだろうか。まだ瞼の重さが残っていて視覚は闇色に塗り潰されているのだけど、その闇色を払うのは憚れる気がする。
それになんて言うのか、抱き枕がいつも愛用しているモノとは抱き心地に差があるのだけど、とても良い香りで感触もふわふわで程よいぬくもり。
そう、まるで小さい頃に親が添い寝してくれたときのよう……。
この微睡に身を委ねたい───
────ああ、でも。でも、アタシは社会人になったのだから自覚を持たないと。
だから、誘惑に屈したりしない!
アタシは意を決して瞼を開き、視界の闇を振り払う。
「──……!?」
……
…………
………………はい?
目覚めて最初に目に入ってきた光景。それは────
「……すぅ~、すぅ~……」
つい最近知り合ったばかりの人物の顔のどアップだった!!
「なんで……??」
──わけがわからない。
“ココ”はアタシの新しい部屋の…………ハズ。
あれ? でも──
なんで──
アタシの目覚まし時計のベルの音が──
壁越しに──?
アタシは間違えがないように昨晩の記憶を順序立てて思い出していく。
「確か昨日は一日まるまる引っ越し作業でくたくただったから、ベッドに入ったらすぐに眠気が来て……それから夜中に起きてお手洗いに行って……それから……──」
──ああーーっ! そうだ!!
部屋に戻る途中で再び眠気が来て……そこからは意識が朧気になって……つまり、────
────つまり、寝惚けたアタシが部屋を間違えたのだ──
うん、ひとまず“ココ”が自分の部屋でないことは理解した。
次になぜに彼(?)──副店長は「『少年』って呼んでたので、たぶん──の顔がどアップに……?
これも、さっきの昨晩の記憶を思い出したように順序立てて紐解いていこう。
まずは現在のアタシの状態は、抱き枕を抱いて横になっている。で、よ。その抱き枕は──────
──その彼(?)だった。
……………………。
うん、なんだろう……。傍から見ると、コレって「アタシが──」になるのだろうけど、何故だか「誰かに見られたらどうしよう?」という焦りの気持ちが全然ない。
むしろ、男の子なのに何でか良い香りがしてて、体格より大きいぶかぶかの服を着ているとはいえ、とってもふわふわな触感で、顔も中性的というより女性寄りで可愛らしい。
──てっ、アタシは一体ナニを考えているんだ……。
とにもかくにも、これでなんで彼(?)の顔がどアップなのかが解明された。
即ち────
──アタシが彼(?)を抱き枕にしていたから──
────だ。
うん、これにてアタシの疑問は解消されたわけだけど、これからどうする?
1:彼(?)を起こさないよう抜け出して、
自分の部屋に戻る。
2:彼(?)を起こして事情を説明してか
ら、自分の部屋に戻る。
1は可能だろうけど、この部屋から出るところを他の人に見られたら変な誤解を受けかねない。
逆に2の場合、彼がアタシが部屋にいることに混乱したら──
──ガチャ。
「おーい、少年、朝だぞー。
起きてるかー?」
はひ!?
考えを廻らせている間に副店長が彼(?)を起こしにやって来た!
冷静に考えられていたさっきは「誰かにこの場を見られても焦りはない」なんて思っていたけど、前言撤回ッ!!
どうしよう、どうしようどうしよう…………
「……ふぁ~、ふぁい起きてまふよ、詩音しゃん………………」
「ぷくく……そうかい、おはよう」
「……ふあ~、はい、おはようございます」
アタシのあたふた模様を余所に朝の挨拶を交わす二人。
そして、二人の視線は一点に集まり、
「ところで新人さんは──」
「ところで嬢ちゃんは──」
「「──なんでココに?」」
これはマズいというか、選択肢を間違えたらおかしな方向に話が転がるだろう。
だから、アタシは──
1:正直に経緯を話す。
2:適当に誤魔化────
「ま、大方、嬢ちゃんが寝惚けて少年の部屋に入ったってのがオチだな」
「スゴい! 詩音さん、まさにその通りです!」
──はい?!
副店長が憶測でアタシの現在に至るまでの経緯を言い当てたことに驚嘆すると同時に彼(?)が“それ”が正解だと言ったことに輪を掛けて驚きである。
──ん? いやいや、ちょっと待とう。
彼(?)は正解を知っていた。これについてはココが彼(?)の部屋なのだから、アタシが寝惚けて間違って入ってきたのを知っていたと安易に推測できる。
問題は彼(?)と副店長の反応タイミングがピッタリだったこと。
──おかしい──
そういえば、彼(?)が副店長に挨拶を返したあとに目でなにかしらの合図を送っていたような気がする。
いや、そうでなければあそこまでタイミングが合うハズがない!
「ちょっと、二人ともアタシで遊ぶの止めてくれませんか!」
「おう、嬢ちゃんおはよう。別にオレは純粋に嬢ちゃんが少年の部屋にいることに興味が湧いたから聞いただけだ」
「おはよう、よく眠れた? わたしだってべつに遊んでない。ちょっとからかっただけだし……」
「アナタ、それを遊んでるっていうの!」
「そう? まぁ、問答無しで抱き枕にされて眠ろうにも中々寝付けなかった身としては文句のひとつでも言いたかっただけなんだけど?」
──はぅっ!!
そこを突かれると、
「でも、でも、アタシは寝惚けてて意識が朧気だったわけだし、……──」
「──はい、そこまで!
少年もそんなに嬢ちゃんをイジってやるな。
ほら、これが少年の『店』の制服だ。それとほれコレも。あとは……サイズはそれで大丈夫か?」
バサッ。
「……。はい、大丈夫です。ありがとうございます。すみせん、お手数かけて……」
「なに、気にするな。
嬢ちゃんも、部屋に戻って着替えてきな」
──は!
なにこの置いてきぼり感。
彼(?)は副店長からお店の制服を受け取って、サイズを確かめたあとに他に問題がないかを確認中。すでにアタシのことは眼中にナシ。
しかも、彼(?)は副店長が停めに入るのをわかっていた節があり、その証拠にアタシの目に映る彼の顔には「してやったり」と出ている。……気がする。
まあ、それはひとまず横に置いておいて、ココにこれ以上居座るのもアレなのでアタシは副店長の言った通りに────
「よっと、あれ……?」
部屋に戻るため寝ていた彼(?)のベッドから立ち上がろうとするも、ベッドに敷かれている布団があまりにもフワフワでバランスが──
「あわわわ…………!?」
たまらず、姿勢を保つためにアタシは近くにあるモノに手を伸ばす。それは──
「あのー、手伝ってくれるのはありがたいけど、着替えくらい自分ひとりでできるから」
あからさまな皮肉。しかも、冷たい視線付き。
でも、コレは不慮の事故なのだから、冷たい視線は取り下げてほしいかな……?
ぶかぶかな上着が重力に従って伸びるまでの刹那、アタシの目に映るは彼(?)の瑞々しい臀部。
──そう、アタシが伸ばした手が掴んだモノそれは──
──彼(?)の寝巻のスラックスだった(←しかも下着ごと)──
「……くくく、嬢ちゃん……くく……いくらからかわれた仕返しとしても……くくく、それはやり過ぎだと思うぞ。くく……」
副店長は失笑しながらアタシを窘める。
「いや、そうじゃないんです!」と言葉に出して反論したいのだが、彼(?)の目が「へぇー、そういうことするんだ」と言っている気がして気圧されて口が動きそうにない。
さらに物事は転がりだすとそうは止まらないようで、
「『おい、歌のにぃちゃん、カレ……を起こすのになに手間取ってん…………だ?』」
機械を使って喋るペンギンが副店長の戻りが遅いことに疑問を感じてなのか、様子を見にやってきた。そして、現場を目の当たりにしたペンギンは、
「『……? …………!? ………………にやり。
ナ・ル・ホ・ド! お取り込み中ってヤツだな。
歌のにぃちゃんと小娘を手玉にとるとはな!』」
悪ノリしだした!?
「『だが、詰めが甘かったようだな…………!?』」
がしっ!!
だけど、そのノリはこの場にはそぐわなかったようで、彼(?)はペンギンの頭を鷲掴みにして同じ目線になるように持ち上げた。
「あのさ、ギーペ。いいのかな~、そんな悪ふざけして。……………………ないよ?」
ん? 後半部分の彼(?)の声量が小さくなり、内容が全然聞こえなかった。
しかし、それはペンギンにとっては効果大のようで、
「『……悪ふざけして、すまなかった。だから、もう二度とオレ様を抱っこしないだなんて言わないでくれ! この通りだ!!』」
「……ん、わかればよろしい!」
はえ? 抱っこですか……。
聞き取れなかった部分が「抱っこしない」だったとは拍子抜け。
でも、ペンギンには重要なようで何度も念押しをしている。
どれ、そんなに抱っこされたいのなら──
──パシンッ!!
「────え!?」
彼(?)から解放されたペンギンを抱っこしようと伸ばした手が、そのペンギンによって叩き弾かれた。
「『フン。ふかふかのない小娘がオレ様を抱っこしようとは片腹痛いわ!』」
「な!? な、ななな、なによ、それっ?!」
「『なんだ? 小娘は理解力が乏しいようだな。どれ、ならば小娘にも解るよう説明してやろう!』」
はい? なんだかよくわからないけど、小馬鹿にされたことは理解した。
「おいおい、ギーペそれ以上は言ってやるな。デリカシーに欠けるぞ?」
「『歌のにぃちゃん、デリカシー云々以前に小娘にはしっかり言ってやらないと、今後も性懲りもなく幾度となくオレ様を抱っこしようとしてくるだろう。その度にオレ様に手を叩かれては小娘が憐れだ。そう思わないか?』」
「……成る程、一理あるな。確かにそれは嬢ちゃんが可哀相だ」
えー……。副店長、アタシへのフォローは? なんで「成る程」なんですか?
そう口にしたいけど、話が拗れる気がするので心の内に留めておく。
「『オホン。では、小娘にふかふかが一体何であるかを……─────』」
「────いや、やっぱりダメだ、ギーペ。お前、一昨日の晩のことを忘れたのか?」
“ふかふか”が何であるかを説明しだしたペンギン。しかし、それは説明内容に入る直前に副店長によって止められてしまう。
「『……っ!? ぬうぅ……、わかった。小娘、悪いが今の話は無かった事にする』」
そう言うとペンギンは黙りを決め込んだのか、そっぽを向いた。
アタシとしては“ふかふか”の正体を知りたがったが、同時に知るべきではないと勘が告げているので文句は言わない。
さて、場の空気が白けちゃったので、今度こそアタシは自分の部屋に戻ろうとするも、足をとめることを余儀なくされる。その理由は────
「……詩音さん、着替え終わったんですけど、どうですか? 変じゃありませんか?」
────お店の制服に着替えた彼(?)だった────
下は膝上丈のスカートに脚保護のストッキング、上は寝巻とは逆に上半身のラインがはっきりと出るピッタリのシャツにネクタイとベスト。
「──ほう、これはなかなか、よく似合っているじゃないか少年」
「そうですか、ありがとうございます」
副店長に褒められてはにかむ彼(?)。
確かにとても似合っていて可愛い。
でも、
「盛りすぎじゃない?」
いくら詰め物といえど、アタシより大きいとか、なんかムカつく!
「嬢ちゃん、なにか勘chig──」
「『──ハッ。小娘、コイツの“ぱーぺきに装った姿”に嫉妬か?────』」
な!? ペンギンに鼻で笑われたうえにまた小馬鹿された……。
「ギーペ、お前なぁ……──」
「『さっき、歌のにぃちゃん自身が言ったではないか、“デリカシーに欠ける”と』」
「そりゃ、確かに言ったが……それとこれとは──」
「『同じさ。オレ様としたことが先程は些か配慮に欠けていた。反省している。真実を告げることは時として絶望をもたらすことを身を以て実体験したのに、危うく小娘にとっては酷な事をするところだった』」
「…………そうか、……ふむ、そうだな。ギーペの言う通りかもしれないな」
「『だろ』」
ペンギンに鼻で笑われ二度も小馬鹿にされたことにアタシは悶々としながらも、副店長たちのやりとりに耳を傾けていたのだけど、ペンギンが言っていた「アタシにとっては酷な事」って一体?
たぶん、副店長やペンギンに聞いても黙秘すると思う。
彼(?)ならば話してくれるかもしれないが、“ふかふか”同様に勘が『聞いてはいけない!!』と警告を発している。
うーん、どうしよう?
1:やめる。
2:やめよう。
3:やめるべき。
4:やめとけ!
あれ? 脳裏に浮かんだ選択肢が、ニュアンスは違えど全部内容が一緒の実質一択!?
なら────