いちのよん
「──はあ~♪ みぃのもふもふは病み付きになる!」
今の時刻は十九時を回って三十分を過ぎたあたり。
ねこカフェの営業時間は十九時までで、そこからお店の掃除片付けとにゃんこルームの猫たちを寝床がある部屋へと移すのに三十分。
ちなみに希さんにペンギンのギーペのことを任されて詩音さんに連れられて休憩室に行ってから先の営業時間が終了の時間までの間、ちょっとした出来事があたったのだが今は割愛させていただく。この時の事はいずれ機会があればその時に──。
さて、話を戻すとわたしは現在、巨大猫のみぃを思う存分もふもふしている。
みぃは近年になって発見されたイエネコから人間が行った行為の副作用が要因で特異進化した新種の『グレートにゃんこ』という種類らしい。
「そうでしょ♪ そうでしょ♪ それにね、すごいのよみぃ君は。なんと、人間の言葉が理解できて、それをねこたちに正確に伝えることができるの。まさにねこの王様だよね♪」
「『フンッ! オレ様だってヒトの言葉は理解できてるぞ! しかも、機械を使ってだがこうしてヒトの詞を喋ることだって為しえている! 即ち────』」
「あー、はいはい。すごいねー」
「『なんだ、その投げ遣りな言い方はッ?!』」
「別に~、ねこ以外の小動物には興味無いだけだから、気にしないで」
──ぴきッ!!
「『ほほうぅ……。猫女は猫のこと以外はホント眼中に無いようだな?』」
「当たり前でしょ!」
──ぴきッ! ぴきッ!!
「『いいだろう、その詞を宣戦布告と受け取った! 今日こそは猫女に──いや、音恋にオレ様のぷりちーさがどれほど素晴らしいものなのかを徹底的に説いてやろう!』」
「謹んで遠慮しとく。それより、やっと私の名前をちゃんと言えるようになったのね~。えらい、エライ」
──ぷちっ!!!!
「『うがぁァーっ!! どこまでも嘗めやがって! いくら寛容で温厚なオレ様でも堪忍袋の緒が切れた! こうなったらオレ様のぷりちーさを理解するまで説き続けてやる! たとえ、耳にたこが出来ても理解するまでやめてやらねぇからな!!』」
「へへ~ん、聞く耳なんて──」
どうも、音恋さんとギーペの言い合いは一向に終わりを見せそうにない。
わたしはそんな一人と一羽を横目に、気持ちよさそうに目を細めるみぃをもふもふする。
「よう、少年。少年の届いた荷物、全部部屋の中に運んでおいたぞ。」
「それは、ありがとうございます。改めて、これからご迷惑かけることもあるとおもいますが、お世話になります。」
「おう、こっちこそ改めてよろしくな少年」
「はい!
──……ところで、いいんですか、音恋さんとギーペのことを放っといて?」
わたしが詩音さんと話をしていた間も一人と一羽の言い合いは止まらず、いまだに言い合いを続けている。
「ああ、放っておいて大丈夫だ。むしろ、止めに入ると余計ややこしいことになるからな……」
どうやら、過去に経験があるようで、遠い目をしてしみじみと語る詩音さん。
「さて、じゃあ、少年、部屋に案内するからついてきてくれ」
「はい」
名残惜しいが、わたしはみぃをもふもふするのをやめて、手荷物を持って先行く詩音さんに続く。
「あ、お兄ちゃん。お風呂沸いてるから先入ってきちゃって。それと、音恋さんどこにいるか知らない?」
居住区に上がってすぐ歌音ちゃんが奥からやってきた。
私服姿にエプロンを着けており微かだが食欲をそそる匂いを漂わせていて、どうやら料理中のようだ。
「おう、わかった。音恋なら店の方でギーペと言い合ってるぞ」
詩音さんはわたしらが来た方向を指差して、歌音ちゃんに音恋さんの居場所を教える。
「ありがとう、お兄ちゃん。でも、困ったな。音恋さんとギーペの言い合いは下手に止めに入ったら最悪三日三晩続くからかな……」
はい?
「それ、マジで!?」
「「マジで!」」
思わず、歌音ちゃんが言ったことを問いただしたら、兄妹二人同時に肯定であると答えた。
「だからな、少年。少年も今後、音恋とギーペが『いつもの』言い合いをしている時は止めに入ろうと思うな」
「そうだよ。お兄ちゃんなんて止めに入ったばっかりに…………」
なるほど、さっきの三日三晩は詩音さんのことだったのか。
そういえば、わたしが「止めないのか?」と聞いたときに遠い目をしていたけど道理で、そういう理由だったわけか。
「うん、気を付けるよ。
ところで、話は変わるんだけどさ、その、みぃと今晩だけでいいから一緒に寝てもいいかな?」
「……うーん、さすがにそれはオレには判断しかねるが、みぃがいいならいいんじゃないka────」
──だだだだだだだ……!!!!!!
「ちょっと、待った!!」
「『ちょっと、待ちやがれ!!』」
きききききぃいいぃぃーーー!!
お店の方から鬼気迫る勢いで走ってきた一人と一羽。
しかし、どうやって先ほどの見事なまでのブレーキ音をだしたのだろうか?
廊下には走ってきた勢いを殺した際の跡は見当たらない。
実に不思議だ。
「私でさえ、未だにみぃ君とは一晩を共にした事はないのにっ! 抜け駆けなんてズルい!!」
興奮覚めやらない音恋さん。ギーペと言い合いをしていた時以上に昂ぶっているみたいだ。
とっても顔が近くて、そういうわけじゃないのに変に動揺してしまう。
「あのな、音恋。少年にあたるのはお門違いだぞ。一晩添い寝するかどうかを決めるのは、みぃなんだから、な」
「そうですよ、音恋さん。それに、今はみぃがカレ……と寝床を共にするかどうかより、大事なことがあるんですから!」
──ほ。助かったー。
音恋さんの勢いに呑まれて固まってしまっていたわたしに詩音さんと歌音ちゃんからの救いの手が入った。
「大事なこと?」
「そうです。夕食の準備ですよ!」
歌音ちゃんが告げた事に音恋さんは心当たりがあるのか言われた内容をしばらく反芻し、
「……………………あ! そうだった……そうだった! ゴメンね、歌音ちゃん」
どうやら思い出したみたいで、音恋さんは歌音ちゃんに謝る。そして──、
「それじゃ、大体の下拵えは済んでますから始めましょう」
「うん、わかったよ歌音ちゃん。だからさ、そんな引っ張らなくても大丈夫だから……──」
音恋さんは歌音ちゃんに引っ張っられて、おそらくキッチンへと消えていった。
「『おい、お前! ────』」
一難去ってまた一難。
今度はギーペが詰め寄ってきた。
だがしかし、悲しいかな。ペンギンと人間とでは身長差がある為に、こちらが見下ろす形になり、『声』に迫力があっても効果は半減。
むしろ可愛げさが滲み出てしまっている。
「『──何故、オレ様を選ばない?! オレ様の羽毛ならば、みぃにだって引けは取らん!!』」
ははーん、どうやらギーペはわたしがみぃを指名したことにご立腹のようだ。
だが、ギーペには残酷になるが残念ながら、
「わたしが求めているのは、『猫』で『もふもふ』なんだ。……ゴメンね、ギーペ」
「『なん……だと……!?』」
よほどショックだったのか、ギーペは真っ白に燃え尽きたかのような錯覚が見えてきそうなほどに愕然としてしまった。
「少年……、ストレートだな……。……ま、少し自意識過剰気味のギーペにはいい薬か。
しかし、マシンガントーク並みの言い合いをやっていたのにこっちの会話が聞こえていたとは恐れ入る」
「確かにですね」
音恋さんたちの登場タイミングは明らかにドンピシャと言っていい具合だった。
そうなると、音恋さんとギーペは周囲に気を配りながらあれだけの言い合いをしていたことになる。
なんだか、無駄にスゴい。
「さてと、いつ迄も立ち話もなんだから、部屋に案内した後にオレとそれと青年と一緒に風呂に入って話さないか?」
「!? ……お風呂ですか?」
「そうだが、イヤか?」
「いえ、家族以外とお風呂に入るのは……その、初めてなので…………恥ずかしいというか……──」
「ハッハッハ……、少年も微妙なお年頃ってヤツか」
「──もう、詩音さん、からかわないでくださいよ!」
「わるい、わるい。で、どうする?」
「……ううぅ~、わ……わ、わかりましたよ。一緒に入ります!」
「そうか。なら、善は急げだ!」
「ちょ、ちょっと詩音さん、待って──」
……まったく、なんだかなー。
わたしは詩音さんの後を追いながら、今日一日を振り返る。
──ホント、色々とあった。
清美市での生活は始まったばかりだけど、『これから』先に何が待っているのだろうかと無意識的に期待に胸を膨らませている自分がいた。
──願わくは、この未来が充実した日々にならんことを────────
──そういえば、東京以外では家族以外でも、男女共同でお風呂に入るのが“普通”なのかな?