いちのに
“街の何でも屋『にゃんてSHOP』 with ねこカフェ”
そう書かれた看板を掲げるはオシャレな外観のお店。
ガラス張りのオープンカフェもあり、そこではお客さんが猫を膝に載せて寛いでます。
しかも、オープンカフェの方からは店内がのぞき見る事ができ、店内に配置されているテーブル等の奥にチラリと『にゃんこルーム』と装飾されているエリアが見え、
「…………猫カフェもやっていると聞いてましたが、彼処にもふもふな猫たちが──────」
ヤバい、脳内想像が止まることをしらない!
まるで熱に浮かされている気分で何かに引き寄せられるかのように、わたしはみぃの後に続いて『にゃんてSHOP』の入口をくぐります。
──コロンカラン。
来客を告げるドアベルが響く。
その音に、ふと浮かれた気分は霧散。
そうだった、今日からわたしは此処にお世話になるんだった。
そんな事を考えて、お店の入り口に突っ立ていると、
「いらっしゃいませ。ようこそ『にゃんてSHOP』へ♪
お客さま、ご依頼ですか? それとも、ねこカフェでにゃんことお戯れですか? ──って、あなたは──」
入って直ぐのカウンターにいた店員の女性が、声を掛けてきました。
「……お久しぶりです。」
その店員はわたしが見知った顔の人でした。
「あら、久しぶり。
店長、後輩ちゃんが到着したよー!」
声を掛けてきた店員は挨拶を返してくれると店の奥にいるのであろう店長にわたしが到着した事を伝えます。
「はーい、すぐいくよー」
音恋さんの返事はお店の奥、ねこカフェの方から聞こえてきた。
何でも屋の接客カウンターはねこカフェのカフェフロアとはいわゆる地続きになっていて、西部劇に出てくる建物によくあるスイングドアがカフェフロアとの境界を示しています。
「お待たせ。ようこそ『にゃんてSHOP』へ!」
「はい、改めて、今日からお世話になります!」
──コロンカラン♪
わたしが音恋さんに頭を下げた丁度その時、来客を告げるベルを鳴らしてお店のドアが開き、一人の青年が入ってきました。
「いらっしゃいませ♪ 『にゃんてSHOP』へようこそ。何かご依頼でしょうか?」
音恋さんは、わたしに「ゴメンね」と一言断りを入れると、青年──お客さんの接客に入ります。
音恋さんはお客さんをカウンター横にある応接セットの方へと案内。
「あ、あの音恋さんのお仕事、見学させてもらっていいですか?」
「ん、いいわよ。」
わたしはおずおずと音恋さんに仕事の見学を申し入れると、音恋さんは快く承諾してくれました。
なので、わたしは邪魔にならないよう隅の方で音恋さんのお仕事を見学します。
「それではお客さま、どのようなご依頼でしょうか?
あ、ちなみに依頼料は当店では基本料金に依頼内容に見合った料金を合わせたものになります」
「あの、それって依頼内容を言って依頼料を聞いた後にキャンセルとかは?」
「はい、問題ありません。
では、改めまして、どのようなご依頼でしょうか?」
お客さんは一息深呼吸してから、依頼を口にします。
「えっと、ですね、俺、この春からこの街にある大学に通うんですけど、その、引っ越し先がまだ決まってないんです。それで、依頼の内容ですが、その『引っ越し先』探しの手伝いをお願いしたいのですが……?」
「うーん、それって足での物件探しを手伝ってほしいということですか?」
「いえ、ケータイのバッテリーが切れてしまったので、その、ネット検索だけで大丈夫です」
「そうですか。わかりました。
では、こちらがお客さまの依頼を受けた場合の依頼料になります」
そう言って、店長さんがお客さんに提示した金額は基本料金と同額の料金だった。
どうやら、ネット検索だけだから経費とかが発生しなかった模様。
「因みに、依頼料のお支払いの方法は現金またはカード、もしくは振込みになります。
それと、当店では大変恐縮ながら国民個別IDでのお支払いは出来ませんので御了承ください──といか、此処、清美市では銀行での取引以外では国民個別IDは使えないので留意しておいてください」
「そうなんですか?!」
「はい、そうなんです」
──へぇー、だからか。
お父さんがまとまった現金とカードを渡してきたときは不思議に思ったが、そういう事だったからか。
「わかりました。それじゃ、『引っ越し先探しの手伝い』をお願いします」
「はい、承りました。それではこちらの契約書の依頼人の欄にお手数ですが署名をお願いします」
「あ、はい」
音恋さんは東京では目に掛かることの無い紙の書類を取り出して、お客さんにサインを求めます。
お客さんはその書類に目を通すと、署名欄に記入。
「これでいいですか?」
「はい。ありがとうございます。
では、さっそく始めましょう」
音恋さんはそう言うとノートPCサイズのスタンドが付いた透明なプレートとこれまた同サイズでこちらはスタンド無しのプレートを取り出しました。
そのうち、スタンド無しの方をお客さんの方へと差し出して、スタンドが付いた方はスタンドを起て立てて店長さん自身の方へと向けます。
あれ? これって、まさか───!?
「ん? どうしたの?」
「……え? あ、いえ、その……コレって─────いえ、やっぱりなんでもないです」
「?? そう」
わたしの視線に気付いた音恋さん。しかし、音恋さんは今はお仕事中なのだから邪魔をするわけにはいかないので、「まだ東京でも出回ってない最新のPCとタブレットが、どうしてあるのか?」という不要な質問を飲み込む。
「それでは、お客さまがお探しの物件の条件は?」
「はい、お恥ずかしながら出来るだけ格安の物で」
「わかりました。少しお待ちください」
音恋さんはお客さんが言った条件をPCに打ち込みます。
検索結果は直ぐに出たようで、
「あー、これは『出遅れた』というより『後の祭り』感が否めませんね」
音恋さんがそう口にするのも無理もない。
音恋さんが使用しているPCの画面を覗き見るに、表示されている検索にヒットしたズラリと掲載されている物件の情報なのですが、そのどれもこれもが『契約済み』のチェックが入っています。
画面をスクロールしても契約済みの物件ばかり。
さらにスクロールさせると、─────
「お、まだ契約済みじゃない物件があった!」
他の契約済み物件よりも家賃が安く、立地も申し分ない物件を発見するお客さん。
しかし、
「お客さま、僭越ながらこの物件はオススメしません」
音恋さんは暗に「止めておいた方がいい」とお客さんを諭します。
「備考欄を御覧下さい」
お客さんが目を付けた物件の備考欄を音恋さんが開くと其処には────
──事故物件──
────と、備考欄の一番上に記述されていた。
さらにその物件の契約履歴を音恋さんが表示すると、一年以上前に解約されて以来契約された履歴は無く、履歴を遡って見てみるとその殆どが契約してから一ヶ月以内で解約、最短では契約してから数日で解約されている。
これって『呪われてる』っていうヤツですよね。マジで……。
「そ、そうですね。さすがにコレは止めておきます。
でも、そうなるとどうしたものか……?」
うーん、と唸り出すお客さん。
しばしの黙考の後に出した答えは、
「シェアハウスなんかの下宿施設なんかは────」
「残念、すでに満杯でキャンセル待ちですね」
お客さんがみなを言うより先に気を利かせていた音恋さんが検索をしていようで、マルチスクリーン表示された新しいウィンドウに下宿施設の契約状況が掲載されたものが表示される。
音恋さんの言った通り、どこも満室で空きはナシ。
これは、どん詰まりなのでは……?
「──どうします?」
「えっと、じゃあ、住み込みアルバイトなどは、ないでしょうか?」
「“住み込み”ですか。それで、お客さまはどのようなバイトをしようと思っているのでしょうか?」
「えーっと、住む処を決めてから、おいおい考えようと思っていたので、特には」
「そう……ですか。ですが、ある程度、職種又は仕事内容などを仰って頂かないと」
「……そうですよね……」
再び、ウンウン唸り出すお客さん。
十分ほど唸り続けたお客さんは顔を上げると、
「……あの、此処で雇ってもらうって事は出来ませんかね?」
「当店で、ですか?」
「はい! お店の外に『住み込みアルバイト可』って貼り紙ありましたよね?」
「ええ。では、“街の何でも屋”と“ねこカフェ”何方かにしますか?」
「えーと、そうですね……。俺、大学もありますし、“猫カフェ”? いや、“街の何でも屋”? あーっどうすりゃいいんだ?」
「──両方でいいんじゃないですか?」
悩むお客さんについ口を挟んでしまいました。
「お! それ、ナイスアイディア!」
わたしが出した案に音恋さんは指を鳴らします。
「はい? あのー、キミは?」
「これは失礼しました。わたしは今日から此方にお世話になる下宿人の一人です。」
お客さんの視線がわたしに向いたのでちゃんと挨拶をします。
「あなたも住み込みアルバイトで?」
「いえ、そうではないのですが、やはりお世話になる以上はお手伝いをと思いまして。
音恋さん、わたしも学校が終わった後の放課後や休日くらいにしかお手伝い出来ませんが働かせてもらっていいですか?」
わたしの申し出に音恋さんは破顔して、
「もちろん! 願ってもないことだわ!
うふふ、まさか追加で二人も店員が増えるだなんて、ねこカフェの無事オープンに続いて今年はさい先がいいわね!」
満面の笑みになるのでした。