さんのよん
「……うわー、なんか凄いことになってる……」
音恋さんから指示された地図座標のところに到着すると、そこには既に大規模な人集りが出来ていた。ただ、なんかおかしい……。
それなりに人が集まっているのに……──静かだ──。
皆、囲んでいる中心を注視して、固唾を呑んでいる。
いったい、中でなにが──?
わたしらがいる人集りの外側からは囲いの中は全く見えないので、状況確認の為にやむなく突入する。
「はーい、ちょっと通してもらいますよ~」
人垣を掻き分けて進み、内側の最前へと出る。すると、そこには────
──恐怖に戦慄いて顔を青ざめ、地面にへたりこんでいる酔っ払いたちがいた!!──
音恋さんからは酔っ払い同士の喧嘩と聞いていたが、へたりこんでいる酔っ払いたちには目立った痣や外傷は少なく、大人数で喧嘩した割りに負傷者は軽微。
ああ、でも、音恋さんは“鎮圧中”って言ってたっけ。
つまり、あっさりと鎮圧されたってことなのだろう。
──いや、それでも見るからに柄が悪そうで見え透いた挑発にも簡単に乗りそうな酔っ払いたちが、こうも肉食獣に囲まれて身を寄せ合う草食動物よろしくガクブルしている姿には疑問が生じる。
何が彼等をそこまで恐怖させたのか?
「あ、Ka……後輩ちゃん!」
「──!? 叶さん!」
考えを廻らせようとした矢先、横合いから声をかけられた。見れば、その人は叶さんだった!
「なんで、この場に叶さんが……?」などという愚問はしない。何故なら──
「どうして、ココに叶ちゃんが……?」
「「…………」」
「あれ? アタシ、なにかおかしなこと言った?」
「「…………」」
…………はぁ~…………。
今は優先するべき事があるので、可哀相だが新人さんに構っている場合ではない。なので──
「……あのー、無視とか……職場内いぢめはよくないと、アタシは思うのだけど……──」
ほっとく。
話を戻すと、──何故なら、音恋さんに希さんから報告が入ったということは、現場に希さんがいるのは言うに及ばず。そして、見回りは二人一組なので、希さんがいる場所に叶さんがいるのは自明の理だからだ。
さて、叶さんなら、この状況が如何にしてなったのかを知っているであろう。
「あの、叶さん、この状況は?」
「う~ん、一から話すと長くなるから一言で言うと、“酔っ払いの煽りに希がカチンときた”からこうなった、だよ」
叶さんはそう言って、この場にいる野次馬観衆の視線が集まる場所を見るよう促してきた。
わたしはそれに従い、へたりこんでいる酔っ払いたちから、見るよう促された場所へと視線を移す。
すると、そこには、へたりこんでいる酔っ払いたち以上にガクブルで立っているのが奇跡にさえみえる男性と不敵な笑みだけど目がまったく笑っていない女性が相対していた!
さらに、女性の周囲には重力を無視しているかのよう滞空している複数個の球が見受けられる。
──そういうことか!
改良型は生産コストの大幅カットやその他諸々の事情で、一度に操ることのできる球の数の上限を三個までに制限されているのに対して、『オリジナル』は理論上の最大数十三個までの球を操れる。
────そう、女性は改良型ではないオリジナルの『踊る妖精』を使っているのだ!!
それならば、この状況はうなずける。操れる球の分だけ手数が増えるのだから。
勿論、それだけじゃない。相手が酔っ払っていたこと・大人数といえど喧嘩中で女性の方に意識が行ってなかったこと・さらに喧嘩中で一塊になっていたこと等々の幾つもの有利に働いた状況が重なって今現在のこの場の光景を生み出したのだろう。
そして、酔っ払いたちに決定的な恐怖を植え付けたのは────────
「──……テ、テメェーはい、いい、一体な、ななな、なんにゃ……何なんだッ!?!?」
「“何?”って、あたしはちゃんと言った筈なんだけど。……いいわ。もう一度、言ってあげる。
あたしたちはアナタ達のような“不逞な輩”を見付けたときに、警備員に通報する“見回り”よ!」
「う、う嘘つけッ! なら、ななななんで、そそそのワケわかんねーオモチャで手をだ出してきや、きやがったんだ?!」
「そりゃ、アナタ達を警備員が来る迄の少しの間でも放っておいたら周囲に被害が出ていたかもしれないから。緊急と判断して、鎮圧に乗り出した訳よ。わかった?」
「わ……わかってたまるか!! こ、この、バケモノめッ!! ……うわあああぁぁぁーーーっ!!!!」
酔っ払いの男は既に植え付けられた恐怖と向けられていなくとも寒気を催させるほどの女性からの威圧の直射に耐えられなくなり、ついに自棄をおこして女性へと襲い掛かる!
「──まったく、女の子をバケモノ呼ばわりしただけでなく、襲いかかるだなんて、ホント、下衆ね……」
「……あ、ア……ァァ……」
でも、酔っ払いの男が振るった暴力は、円状の光りの壁によって阻まれて、女性には届いてはいない。
そして、──酔っ払いの男は自分の暴力を止めた『モノ』を認識して、凍り付く。
──恐怖の体現──
酔っ払いの男にとって、ソレは恐怖そのもの。他の酔っ払いたちもソレを目にして顔色がさらに悪化。
「……や、やめ……たす……たす……たすけ……─────」
あまりの恐怖に腰を抜かして地面に尻餅をつく酔っ払いの男。そして、そのままいやいやの仕草をしながら後退る。
だが、それは許されなかった。何故なら───
──ズドォンッ!!
別の円状の光りの壁と化した球が、酔っ払いの男が逃げようとした先の地面に面の部分を水平にして落とされたのだ。
その威力は、地面を圧し抉り円形の凹みを生じさせた!
もしも、ソレを人に落としたなら大惨事になる。
────────そう、喧嘩をしていた酔っ払いたちを恐怖のどん底へと落としたのは、『踊る妖精』の機能の一つ“人の精神力をエネルギー源して展開するパリア『サイ・シールド』(←お父さんがそう呼んでいた)”。
たしか……、「二十世紀末頃に社会現象になったアニメ内の技術を擬似的にだが再現できた!」とか「使用者次第で二十一世紀初頭に制作された新劇場版のあのシーンをも再現可能!」と、お父さんが稀に見る昂奮ぶりで自慢たらたらに話していた。
──ズドォンッ!!
二度、円状の光りの壁が落とされた。今度は先程よりも尻餅をついた酔っ払いの男に近い。
「──ヒィッ!? ……ヒイィィッッーー!!!!」
恐怖のあまり、情けない悲鳴をあげる酔っ払いの男。
でも、まだ恐怖は終わりではないようで──
──ズドォンッ!!
三度、円状の光りの壁が落とされる。今度は音だけでなく視覚でも恐怖を煽るためか、円状の光りの壁が落とされた場所は酔っ払いの男のギリギリ横。
ほんの数ミリでも位置がズレていたのなら、酔っ払いの男の手は目も当てられない事になっていただろう。
「──ッッッ!!!? ────ッッ!??!!!」
声にもならない悲鳴。
もう、酔っ払いの男の精神は限界のようで、泡を吹き白目を剥くと、くたりと糸の切れた操り人形のように上半身が地面に崩れ落ちた。
「ふん。元ヤンキーだかしらないけど、次からは脅し文句を言う際の言葉選びは慎重にすることね。でないと、また“こう”なるわよ────って、聞こえてないか……」
女性は気絶している酔っ払いの男にそう言い捨てると、それまで出ていた威圧もなくなり、いつもの彼女──希さんに戻った。
そして、いま迄、固唾を呑んで見守っていた観衆も徐々に騒めきだして、喧騒と化す。
…………ああ、そういえば、事の終幕まで傍観してしまったが、音恋さんから周辺の整理を頼まれていたんだった。
わたしらは叶さんの手も借りて、急ぎ周辺の整理に奔走する────
「は~い、みんな二日間お疲れさま♪
『私たち』のお仕事はこれにて終了です」
──日曜の夕方。
音恋さんが、労いの言葉とともに依頼の完了を宣言する。
今日は昨日のようなハプニングもなく、無事に職務をまっとうできた。
──さやさやさや……。
春風が桜の花を揺らす音に、ふと、顔を上げて見上げる。
沈む夕日に当てられて、茜色に染まる舞う花びらと桜の木々。
周囲にはいまだ花見客がドンチャン騒ぎの酒宴を開いていて、煩いはずなのに、その喧噪さえも“いまこの一瞬を織り成す欠片”として、イヤにはならない。
「──お花見──か……」
「ん? カレンちゃん、お花見がどうかしたの?」
新人さんが今日は夕飯の調理当番で先に帰ってこの場にはいないため、わたしを名で呼ぶ音恋さん。
「はい、わたし、いままでお花見をしたことないから、どんな感じなのか実感がわかなかったんですが、昨日今日と生でお花見している人達を見てて、少しだけお花見をする気持ちがわかった気がするんです」
「そう……。……ふむ、お花見……ね、いいかも……──」
「──なぁ、少年はお花見を……やってみたいか?」
「…………はい、お花見やってみたいです。──あ、でも、明後日から学校が始まるし、やるのは──来年……ですかね」
今現在、桜は満開。次の土日までに殆んどの花は散っていることだろう。
それだと、お花見としては侘しい。贅沢だけど、やっぱり、お花見をするのなら、いま見ているような感じがいいから……──。
「あ……! …………ああ、そうだな……」
わたしと同じ事に気付いたのか、ばつが悪そうに頬をかく詩音さん。
──ほんと、詩音さんはやさしい、な。詩音ちゃんが自慢したくなるのも頷ける“お兄ちゃん”だ。
────さて、お花見に少しばかり後ろ髪を引かれる気分だけど、明後日から新しい日常の本格的な始まり。
これから始まる高校生活に胸の内から溢れる期待感。不安がないと言えば嘘になるけど、そんなのどこ吹く風にしてくれる先輩たちがいるので、とっても気が楽だ。
──いわゆる『もう何も怖くない』という感じ──
そうして、明後日、わたしは華々しい高校デビューを────────飾るのだろうか? 分からないけど……。




