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(八) 影の世界

リリィは無事に洗礼を終えた。


“無事に” と言ってもいいだろう。

行先のわからなくなった信仰でも、やはり僕の中にまだ根付いていることに変わりはない。

今は言われた通り、ただ見つめることにしようと決めた。


リリィにだって、リリィの選択があるのだから。

色んな経験を経て、成長していく様を見つめていよう。


とはいえ、赤子のリリィは毎日、同じような日々を過ごしている。

基本は寝ていて、時に泣いて、母親に抱かれ、乳を飲み、また眠る。

代わり映えない光景だが、飽きたりはしない。


この世界はものすごいスピードで駆け抜けるように進むのだ。

地上に降りてきたばかりの今の僕には、特にそう感じるのだろう。

だが意識を一点に集中させると、その流れはゆっくりと穏やかになることがわかった。


生きていた時と同じように見えて、まるで別世界。

地上とは本当に不思議な場所だ。


もちろん懐かしく感じる事はたくさんある。

村の中心に立つ教会、家々や畑などの薄茶色の風景、その先に広がる深い森。

僕の暮らしていた村に比べると大きく、人も多いようだが、百年たってもさほど変わらないように思える。


だが、あの頃と同じ世界だとは思えないほど、今の僕の目には色々なものが映った。


人の視界には映らない生命はいたる所にいて、これまで見たこともない不思議な姿をしている。

彼らはさまよっているようにも、意図して行動しているようにも見える。


肉体を脱いで徘徊する者たちは、大抵生きている人と変わらないのだが、なにかが違う。

色? 匂い? 振動だろうか?

人によっては一部空間に溶けている者もいる。


そして、生きる人間の傍にいる者。

そう、僕と同じ守り導く存在たちが、それぞれの傍らについて回る。


守護者たちは、他の生命や徘徊する人とは違い、微かに光を放ち穏やかだ。

他から見れば僕も、あんな風に柔らかな光として漂っているのだろうか。


「君の灯りも美しいよ。」


突然ケイシの声が届き、あたりを見回すが姿はない。


「ケイシ、いたんですか。」


「私はいつもいるよ。」


僕に一人の時間はないようだ。


「一人になりたいのか?」


「いいえ。」


リリィの傍から離れるなんて考えられない。

ただ僕は⋯


「私も、君の心の声にはなるべく反応しないようにしているんだけど、なんせ聞こえるからね。」


「それは、すみません。」


「かまわないよ。」


聞こえていたなら折角だ。

僕は、なんでも聞いていいというケイシの言葉に甘えることにした。


「あの、ケイシが言うように僕らが神だとするなら、彼らもそうなのですか?」


僕は浮遊する謎の生命や、肉体を脱いだ者らに目を向けた。


「私は彼らの事を神とは言わないよ。」


そうなのか。

謎の生命は別としても、僕と彼らとの違いは一見しただけではわからない。


「なにが異なるのですか?」


「そうだね、彼らはまだ輪廻の中にいるんだ。死を迎えた後、執着があったり状況を受け入れられなかったりすると、あんな風に過ごす者もいる。だがやがて、彼らはまた生まれることを選ぶ。肉体をもって作ったカルマをまだ持っているからね。それは肉体、つまり物質に囚われていると言ってもいい。だが君は、生まれないという道を選択した。」


カルマについては知識として学んだ。

つまり僕は、輪廻の道を抜け出したということ。


「なら、僕はカルマを持ってはいないんですか?」


「もちろん持っている。君は知識として真理の一部を学んだが、実感として理解には至っていない。守護者になることを選んだが、また生まれる道を選んでもいい。どちらの道を選んだとしても、カルマを返していくのは変わらない。」


僕はまた人間として生まれることができる。

なら


「彼らとの違いがよくわかりません。」


「君は自己をひとつ手放した。肉体への囚われをやめたんだ。それが今の君の在り方だ。」


肉体への囚われをやめた、という認識はなかったが、なんとなくは理解した。

輪廻を続けるか、そうでないかの選択肢があるという視点に立ったということだろうか。


「また、彼らは自己を持つまでに至っていない。」


急に姿を現したケイシは、漂う謎の生命を指さした。


「そう、生命だ。微生物に近い存在でもあるが、まだ肉体をもたない。自己はないので仕組みにより行動する。」


「仕組みですか。」


「設定のようなものだ。それにより人に近づき恩恵をもたらす。」


「いいものなんですね。」


ケイシの説明を聞いて、僕はその生命とやらに手を伸ばした。


「恩恵と言っても、人間にとってありがたいものかどうかは捉え方にもよるけど。」


それはどうゆう意味だ?

伸ばしかけた手を止める。


「音を取ったり、闇を与えたり、夢を現象として現わしたり様々だよ。」


なんて恐ろしい奴らなんだ。

そんな危険なものがそこかしこに存在していたのか。


「君が、リリィにとって必要な学びにならないと思うのなら用心していればいい。」


「もちろんそうします。」


僕はすかさず答えた。

でもどうやって守ればいい?


「彼らは想いに反して近づくことは出来ないから、君がそうやって警戒していれば大丈夫だよ。」


それなら簡単だ。

脅威という程のものではないな。


「後は、リリィが出会う人間についている守護者の対応も、基本君に任せることになる。もちろん、君が思うように接すればいい。」


「わかりました。」


「大丈夫。姿はなくても私はいつもいるし、なんでも聞いてくれていい。そして何より、リリィのサポートを一番に。」


そう、それが僕のなにより重要な役割だ。


人は生まれる前に、自らの大まかな人生の設計図を決めている。


その人生での目的があり、それに似合う条件の元に生まれる。

また、そこに行きつくために必要と思われるイベントも用意しているのだ。


その内容は人それぞれだが、病や事故、出会いや出産、死ぬ時期などだ。


リリィもケイシらと共にそれらの事を決めてきた。

もちろんリリィにはその記憶がない。

だからこそ僕らは、リリィとして生きる人生の中で、目的を達成させるためのサポートをする役割を担っているのだ。


人生の目的は、リリィの魂にどのようなコードが刻まれているかで決定するようだ。


コードは、リリィが他の人生を生きている時に、強い感情や想いを生み出すことにより刻まれる。

どのような事柄に対してどんな概念を持ち、どう判断し、なにを表現して、それにより抱いた感情⋯


そんなものがコードとなる。

それに対する想いが強ければ強いほど、深い溝として刻まれるのだ。


例えるならそれは、傷や曇りだらけの宝石だ。

本来はどこから見ても完全な、美しい宝石であるのに、傷によりその輝きは濁る。


僕ら守護者は、縁人を傷のないまばゆい光に戻すサポートをするのが最重要課題なのだ。

だがそれは、簡単なことではない。

ただ磨けばいいわけではなく、なにでどんな風に磨けば光るかは人それぞれなのだ。


守り手の仕事は想像以上に難しい。

もちろんケイシがいつも付いているし、いざという時はゼノンとユールトもいる。

だが、彼らは他についている縁人もいて、サブメンバーと言ってもいい。


つまり、メインの僕がカギなのだ。

いくら好きなようにやれと言われても、守り手の力量にかかっていると思うと足がすくんでしまう。


「アゥ…グ…」


布でグルグル巻きにされたリリィがもがいている。


「お前はこんなのも、自分の力でほどけないのか。」


そうだよな、僕は決意したんだ。

恐れている場合ではない。

リリィを全身全霊で守る。

誰にもこの役目を譲ってやる気はない。


「リリィ、心配しなくていいんだよ。」


リリィはどうにか腕を自由にしたいらしい。


なにかを感じているのだろうか。

縁人は僕の心に影響される、そんなようなことを言っていたな。


「悪かった。不安にさせたよな。」


僕はリリィに近づき顔を覗き込んだ。

シワシワだったリリィの肌は、少しづつふっくらとしてきたようだ。


触れたら柔らかいんだろうな。

そっと指の背でなでるが、感触はない。

当たり前か。


だけど、僕が生きている人間だったら⋯


死んでから初めて、わずかな妬みを感じた。


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