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(七) 光あれ

魂は永遠だ。


神から作られたこの光は、神に戻る道をそれぞれ歩んでいる。


向かう場所は一緒でも、一つとして同じ道はない。


みんな自分の、自分だけの道を行く。

だが人は孤独ではない。

周りには常に、多くの光がいて、共に生きているのだ。


僕がいた青い星では、何度も肉体を脱ぎ着して、様々な人生を生きる。


肉体をまとうと、これらの事を忘れてしまう。

そして囚われてしまう。


世界の真理を失い生きることは、困難にも感じるだろう。


だからこそ、この星で生きる道を選ぶ者が絶えない。


大きく美しく成長するために、肉体という器の中で生きることを選んだ勇敢な魂だ。


僕たち守護者は、ここで生きる人間を守り導く。

それぞれが縁ある人の守護者として傍に着くことになっている。


中でも守り手は、縁人の一番身近な存在で、本人の影のようにいつも一緒だ。






死んだ後に知ったこの世界の理は、理解しがたいものだった。

いや、ほとんど理解もしていない。

ただ情報として僕の中にあるだけで、昔話の中の一話のように知っている。

それだけだ。


僕の中で、ここで教えられた真理とは、それくらいの立ち位置にある。


本当は何度も反論したくてウズウズとした。

これまで僕が真実と思っていたものとは、かなりかけ離れているからだ。


だが、これを受け入れる必要はない。

信じる信じないなどと判断をしなくていい。

ただ知っている。

それだけでもいい。

捉え方はすべて君次第だ。


そう言われたので、僕はこれを“一つの情報”として受け入れることにした。


だけど僕なりに、ここで言われた事柄に共通する姿勢に気が付いた。


ここでは全てが僕次第なのだ。

物事の受け取り方、今後の選択、あらゆる概念についてまで⋯

もちろん、何を神と呼ぶのかの定義も。


僕の“在り方”はすべて、僕自身に委ねられる。

ここでは一貫して、自分について見つめざる負えない。


生きていた頃は、外から出来事が次々にやって来て、強引な流れに押しつぶされないようにと踏ん張っていた。

僕は時代の流れになんて負けない。

神の望む人間でいられるように、イエスの説いた愛からそれないようにと必死にもがいた。


自分の弱さに気付くと、いけない事だと自分に言い聞かせ、時には目を背けてしまうことさえあった。

ありのままの僕なんて、否定の対象でしかなかったんだ。


急にそのままでいい、なんて言われて混乱しないわけがない。

そして、自分から逃げられないこの状況になって気が付いた。


全ての責任は自分にあるのだと。

これまで誰かや何かのせいに出来ていたのは、楽をしていたんだと知った。


「他の人はどうやって、自分の真実を決めているのですか? 例えばケイシ、あなたは?」


何を信じるのか、そこがブレている以上、ありのままを確立させるのは難しい。


「なにも決めたりはしないよ。私の場合はね。」


決めない?

それは信仰もか?


「そうさ、決めない。ただ見つめるだけだ。」


だから、自分を見つめるために、信仰を決めるんじゃないのか?


「決めてどうする? 輪廻はない、神はひとり、隣人を愛しなさい⋯ これらを決めないと、君は他者に親切にできないのか? 自分がなにを大切だと感じるか、わからないのか?」


それは⋯


「決めないと実行しない事柄は、君のありのままとは言わないのではないか? 君は何のために、なにを感じて、信仰をしていたんだ?」


なんだその質問は⋯

僕は当たり前に、信仰をしていた。

だって唯一の、僕らの神が言われたのだから。


だけどなぜだ?

救われたいから?

正しく居たいから?

安心するから?


当たっているようで、どれもしっくりこない。


⋯いや

僕がただこれを信じたからだ。

それだけだ。


「素晴らしい。ならそれでいいじゃないか。君がそれを信じたんだ。そう感じた。これになにか補填が欲しいのか?」


「いえ…でも、あなたは僕の事も神と呼んだ。それに人は生まれ変わるとも。」


「そうだね、私がそう思っているからね。」


「いや、だったら…」


なぜだろう。

混乱する僕を前に、ケイシは笑っている。


「君はなにに苦しんでいるんだい?」


なにに?

なにも答えられなかった。

僕はなにに苦しめられているんだ。


困惑する様子を見て、ケイシは僕の代わりに答える。


「君は、自分の信仰を定めたことに苦しんでいるんだ。その迷いは君が生み出した。ははは。」


そして大口を開き、声をだして笑い出した。


「君は悩むのが好きなんだね。」


「そんなはずないでしょう? なにがそんなに面白んです?」


僕には意味が分からない。

そんな風に笑えることか?


「君は自分で決めたことを私が否定しないから、自分で否定して、それに混乱して苦しんでいるんだろ? なんて楽しそうに悩むんだろうと思ってね。」


これが楽しいわけがない。


「楽しくないのか? なら決めなきゃいいだろう。決めた後に新たな真理を提示されたら、君はまた、どちらかの考えを否定して苦しむことになるのだろう。」


そうだけど、ならなにを基準にして僕は守り手を遂行する。


「君がしたいことをするだけだよ。」


「そんなことでちゃんと導くことができるのですか?」


「迷うのなら迷えばいい。きちんと迷いなさい。その過程をおろそかにしてはいけない。困ったらなんでも聞いてくれていい。心配はなにもない。」


そう言うケイシの瞳の中には、穏やかな水面が広がっている。


⋯そうだった。


「わかりました。」


大丈夫なんだ。

前にも言われた。

ケイシもついているのだから、心配はないのだろう。


僕のままでいいと言われたのに、ふとした時に不安が襲ってくる。

それはきっと、これまで寄りかかっていた信仰という壁が、突然揺らいだからだ。

僕はずっと、自分の足で立ってはいなかった。


「素晴らしい気付きだ。なにかに固執し執着することは、在り方を見失う。他と個の区別をいっそう強化させる。なにも崇めなくていい。なにも下げずまなくていい。すべて君なんだからね。」


そう、僕の存在は、僕の在り方で証明する。


だが、すべてが自分ということの意味は、僕にはまだ理解ができない。




「そんなことより、見てよ。私たちの創世記だ。」



目の前では、僕らの縁人の人生ががはじまろうとしている。


リリィの母親は、腰掛の板がくりぬかれた専用の椅子の上で、汗を拭きだしながら、時折悲鳴のような声をあげる。

拷問を受けているのかと疑うほどの険悪で、その必死な様子に目をそむけたくなってしまう。

僕は、張り裂けそうに膨らんだ腹を見て、思わず自分の腹を押さえた。

肉体を持たないこの体でも、痛みを感じていると錯覚を起こしそうだ。


これが、人の犯した罪への報いなのか。

言い表せない気持ちが立ち起こる。


しかしそんな思いとは裏腹に、隣からは歓声が漏れ聞こえた。

ケイシにとっては、飽きるほど見てきたであろう光景なのに、目を輝かせて誕生の時を見つめている。


「母なる大地に種をまく。そこは芽を出すにはあまりに険しい土地だった。だが、その険しさは母の愛。種は総出で一つの身を実らせるために、互いを守り、切磋琢磨して進むことで命を誕生させることを選んだ。そうして、やっと実った身に魂が降りる。誰一人として欠けていても実らなかった。それぞれが自分の役割を全うして命を繋ぐ。生まれたその命は自らを成長させるために、世界を創るために、各役割を全うする。」


僕はケイシほどの興奮を抱けずに、ただ黙って人が生まれる瞬間を待っていた。


もちろん僕は、ルカの記憶の中では、人の誕生に立ち会った経験はない。

周りの人の目には僕らの姿が映らないだろうが、こんな存在になっても、この場にいてはいけない気がしている。


それに、これから苦しみを経験するためにこの世に生まれることを、僕は未だに心底喜ばしい事だとは思えなかった。


「君はまだまだ人間だな。」


「そうですね。世界の理を知った今でも受け入れられていない。」


それを聞いて、ケイシは懐かしそうに微笑む。


「私もそうだった。だがその考えはすぐに覆された。」





「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ…」



部屋に響き渡る元気な声の出所を見る。


そこには、光り輝く小さな天使がいた。


時が止まったのだろうか。

先程まで居たはずの産婦もリリィの母親も、抑える事の出来ないケイシのオーラでさえも、なんの気配も感じない。


なにも聞こえず、なにも見えない。


美しい天使の他には。


「リリィ⋯」


彼女の周りには、いつか見たことのあるキラキラとしたチリのようなものが漂っていて、その存在をより儚いものに感じさせた。


「素晴らしい。ここに光あれだ。」


その声に僕は我に返る。

ケイシは目の前の出来事に拍手をして讃えているが、僕はこの感情に似合う言葉を知らない。


それでもこの時が、僕の知る最高の幸福を塗り替えた瞬間であることはわかった。

奥からこみ上げてくる波が、押し寄せるのを感じる。

静かに、だけど少しずつ息が早くなり、涙が頬を流れ落ちていく。


「この音が聞こえるかい?」


音?

周囲には様々な音がしているが、何の事だろうか。


目を閉じてケイシの言っている音を探す。



トクトクトク⋯



その小さな音を捉え、意識を向けていると徐々に大きく鳴り響いていく。

これは


「心臓の音?」


「そうだ生命だ。肉体が生きる音だ。どう思う? 何を感じる?」


そう聞かれた瞬間、ルカとして生きた人生が一気に流れ込んでくるのを感じた。

懐かしい。


「とても落ち着きます。」


だけどそれ以上に


「なんだろう…僕は、これが初めてではない気がします。これが僕の縁人。」


「それだけじゃない。この鼓動は君の音でもある。私たちの生きる音。リリィの『物』だ。」


「物?」


ケイシは『物』という単語を強調して言った。


「そう、肉体はこの星の物だ。だからリリィの物であり、リリィの物ではない。だが死ぬまでリリィの鼓動であり、すなわち私たちの鼓動。君の命の音だよ。」


「僕の命。」


「この音は目印となる。波となり、色となり、感覚として。物と繋がる魂は、私たちのように想いを送るのが容易ではない。私たちはこの命の波動を察することで、リリィを知る。体中に巡られる二本の流れる水に乗り、情報はリリィの体の隅々に行き届く。この星の意識は物と絡まりきっている。だから全てに気を配っていろ。心も体も魂も波も全部。些細な動きにリリィのありのままは表れる。」


「はい。」


どんな時も君を見つめていよう。

必ず最後まで、僕が君を守り抜く。


生まれたてのシワシワの肌を薬湯で清められている、なんの抵抗も出来ずにされるがままの赤子。


その様子に、とめどない愛おしさが溢れる。


君は僕の縁人だ。

だから、安心して生きていけばいい。


この時僕は、守り手としての決意を固く心に抱いた。


こんな熱い想い、僕じゃないみたいだ。

そう思うのに、これが本来の自分だと抵抗なく受け入れてしまうほど、板についた馴染みある感情にも思える。


リリィは僕の気配を感じているように、こちらに手を伸ばした。


「僕のリリィ。」


この日から、僕の時間はまた動き出した。


挿絵(By みてみん)

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