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(二二) 真の自信

視点の違い

神の視点

神を思い出すことと、自分を思い出すのは同じこと


「自分を思い出す…か。」


そう言えば、なにか大事なことを忘れている気がする。

ユールトが去った後からずっと、そんな気がしてならない。

なんだったろうか… 


生きている頃もたまに同じように思うことがあった。

だが思い出せたためしはない。

“忘れている”という感覚があるだけで、なにも忘れてなどいないからだ。

たぶんそうだ。


「リリィ、なにをそんなに考え込んでいるんだ?」


「…なんか花が、声が聞こえて…ううん、なんでもない。」


ここ最近のリリィは、気付くと首をかしげて小さくうなっている。

僕の心が伝染しているのだろうか。

しかしリリィの疑問もいっこうに解決しないようだ。


「リリィ、久しぶりだね。ここで会えるなんて。」


出たなウィル。

僕は少し身構えたが、リリィは当たり前のように奴に近づいた。


この一年ほど、ウィルとリリィが会うのは週に一度、日曜のミサくらいだった。

領主宅で顔を合わせることが無くなり、僕は気を緩めていた。

まさかここで会うなんて。

嫌な日になりそうだ。


「ねえ聞いた? またカトリン様のお付きのメイドがひとり、辞めちゃったみたいなんだよ。」


カトリンは領主の二番目の娘で、リリィより歳がふたつ上。

気性が荒くて手に負えないと、エミリーが以前嘆いていた。


「心配だよ。君もカトリン様のお付きになるって聞いたから。」


お前は黙って自分の心配をしていればいいんだ。

僕はウィルを思いっきり睨みつける。


いや… 


リリィに話しかけるウィルの目を見たら、本心から心配しているのだとわかった。

ウィルにとって、リリィを気にかけることこそ自分の心配をすることなのかもしれない。


「クソッ…」


苛立ちが小さく漏れた。

僕はなにをしている。

リリィのことを気遣う人がいることは良いことのはずだ。


しかしウィルを見るとレジーナを思い出す。

放っておいて欲しいのにそうさせてくれない。

おせっかいが趣味なのだろう。

僕にはそれが煩わしかった。


「だからか。」


ウィルを見てイラつくのは、レジーナを思い出すからだ。

ウィルが笑顔で話すそばから、リリィを遠ざけたい。

だがリリィもそんなウィルに笑顔を向けて答える。

それが更に


「気持ちが悪い。」


これが本心だ。

ウィルは悪くないのだろうが、心は否定できない。


勝手だな。

勝手にウィルにレジーナを重ねているだけ… 


いや、レジーナも別に悪くはないか。

うん、そうだ。

ウィルもレジーナも別に… 


レジーナはなぜ僕を気にかけてくれていたのだろう。

みんなに対してそうだったか? 


それは、知らない。

僕は一度も彼女を知ろうとはしなかった。

僕に好意を寄せてくれていたのか、誰にでも優しい子だったのか、ただ僕らの間にカルマの貸し借りがあるから引き寄せられたのか、わからない。

わかるのは、僕が彼女を嫌っていた理由だけ。


嫌いだった。

だって誰かが手を汚し、罪を背負ってもらうことをなんとも思っていなかったから。

国を守ることに命を懸ける兵士に文句を言ったから。

血を流すための武器を作る職人の罪は、彼女のような守られることを当然とする者から背負わされていると思っていた。


だから⋯

全部、僕が自分と向き合えなかっただけじゃないか。


今になってわかる。

レジーナのせいじゃない。

僕の境遇は全て自分が蒔いたものだった。


彼女はただ気にかけてくれていて、僕はその想いを煙たくあしらった。

彼女を知ろうともせず、彼女の目もちゃんと見なかった。

もしかしたらレジーナもウィルのような目をしていたのかもしれない。


僕は記憶をたどり、彼女を思い出そうと必死に探った。

だが思い出せる記憶は、自分に嫌気がさすようなものしか見つからない。


そういえば僕らの村が襲われた時、レジーナはどうなった? 

彼女も死んだのか? 


今となってはわからない。

死後、家族やおじさんのことは考えていたけれど、レジーナのことは一度も浮かばなかった。


「最低だな。」


もしいつか、どこかで彼女に会えたりしたら、次はちゃんと顔を見て話を聞こう。

僕らに縁があるのならきっとまた会えるはずだ。


「トールから聞いたんだけど、肩はもう大丈夫なの?」


「うん。もう痣は消えたよ。」


「そうか、跡にならなくてよかった。」


ウィルの返答に思わずリリィを引き離そうと腕を上げるがこらえる。

どっちにしたって今の僕はリリィに触れられないんだ。


「トールは稽古があるから帰りは僕が君を送ろうかって言ったんだけど、断られてさ。」


「兄は意地っ張りだから。もう送らなくていいって言ってるのに。」


そう言いながら不満そうな顔をするリリィをウィルが愛おしそうに見つめる。

その表情に嫌気がムカムカと増していく。

もう限界だ。


「リリィもう行こう。」


ウィルは悪くないと言い聞かせたが、まだ僕の魂には刻まれていないようだ。


「意識は誤魔化せないんだよ、だからリリィ!」


「リリィ帰る時間だ。」


僕の声にかぶせて、向こうからかけてくるトールの声がする。

助かった。

なんて良いタイミングだ。


「ようウィル。リリィを送っていくんだ。だからお別れを言ってくれ。」


「ああでも」


「お前はまだ仕事があるだろ。行けよ、俺の妹だ。」


「その通りだ。」


見えないだろうけど、僕は死ぬ前のルカの姿になりウィルを威嚇した。


「あははは」


えっ… 

ウィルの守り手が僕を見てこらえながら静かに笑っている。


「失礼しました。抑えられず。」


「はあ」


驚いて変な声を出してしまった。

なんだよ。

本当に失礼な人だな。

縁人といい守り手といい。

僕がなにをしたって言うんだ。





帰り道、僕は自分の何がおかしかったのかを振り返った。

すると治まった嫌悪がフツフツと再沸してくる。


「跡にならなくてよかった? お前が安心するいわれはないだろ。図々しい。」


「ははは。いいな君は。」


「なにがいいんだ。」


あ… 


「すみません。ついカッとして。」


「いいさ。」


トールの守り手が僕を見て嬉しそうにしている。


「また、熱くなってしまいました。」


「君は素直だからな。」


これは演劇だ。

分かっているのに、僕はまた劇にヤジを飛ばしていた。

ウィルの守り手が笑ったのはきっとこれだ。


なぜだろう。

僕はこんなに人間過ぎるというのに、他の守護者はどうやって平静を保っているんだ。


「私だって熱くなるさ。そうなるタイミングが違うだけで。」


「そうですか。」


そんな姿見たことがないな。


「稽古の時はしょっちゅう怒鳴る。」


「稽古の間だけですよね?」


「まあ、今のところはな。」


ならばこれが劇ということを僕より理解しているのだろう。

どう見ても大人だもんな。

けど実質的年齢は経験と比例しないか。


彼の姿をまじまじと観察する。

開かれた目は、どんなに些細な動きも見逃さず捉えているように思える。

もものように太い腕は、捉えた動きに瞬時に反応するためか、いつもいい位置にスタンバイしている。


年齢と経験は比例しない⋯

思った通り。

明らかに年齢よりも経験値が勝っている。

彼の体からは自信のオーラが満ち溢れるようだった。


しかしこの頼もしさはやはり差を感じてしまう。

戦争を体験しているんだ。

僕にはわからない葛藤も越えてきたはずだ。

当然と言えば当然。


僕は悲痛にもだえる彼の表情を思い出した。


そういえば、彼は初代十字軍にいたと言っていた。

ということは、僕が生まれるより二百年以上も前に彼は生きていたことになる。

彼が死際の姿を再現している時、身に着けていた防着も見たことのないものだった。


初代十字軍なんて僕にとっては古い歴史の一部。

もはや伝説のようなものだ。

そんな時代を生きていた人が、僕と時を同じくして守護者をしているのか?


いや、時間の流れというのは、僕が思っている解釈とは異なる。

ユールトが言っていた。

僕はこの世界への囚われを握り締めている。

だから流れを時として刻んでしまうと。

ならばトールの守り手がこの囚われを手放しているなら… 


「うーん」


今の僕にはやはり、時間の思い込みを外すのは経験が浅すぎるか。


「君は素直だな。」


「あ、すみません。もしかして聞こえていましたか?」


「まあな。感心していたよ。」


「感心?」


「そうだ。素直なのは素晴らしい素質だ。いや、素質ではないか…才能だ。」


ん? 

そこは言い直すほどの違いがあるのか? 

素質、才能… 


「ほら、やはり君は素直だ。」


「これが才能なのですか?」


「もちろんさ。特筆すべき才能だよ。」


「そうですか。それは、ありがとうございます。」


思ってもみなかった部分を褒められ、呆気にとられながらも嬉しく思った。


「だから吞み込みが早いんだな。」


「なんのことです?」


「君の予想通りだ。私は守護者になる前、学びの期間として三百年の時を有した。」


それは… 


「そうだ。私もまだこの世界への囚われを握り締めている。私は自分に自信があった。死際に無を知り、それまでの考えを覆す想いを得た。しかし生前の経験と選択への自信が魂のコードにくっきりと刻まれていたんだ。だから真理を学ぶのに三百年もかかってしまった。」


僕の魂には自信なんてものは刻まれていないだろう。

僕はいつも悩み迷っていた。

生前も今も。

信仰への向き合い方や自分の行いについて、本当にこれで神の教えに正しいのかと不安で自信がない。

良くない事だと思っていたのに、それが才能だなんてこの人は言うのか? 


「だからこそ君は、悩み受け止めようとするんじゃないのか?」


そういうことなのだろうか。


「なんにしても君は、私が三百年かけてやったことを五十年足らずでやってのけたということだ。」


「五十年?」


僕は死んでから百年の学びの期間を経て守護者になったのではなかったか? 


「今が何年なのか知らないのか?」


「え、はい。ケイシには学びに百年かかると言われたので、死んでから百年ほどたったのかと…」


そう言われたら確かに、この時代が何年なのか詳しく知ろうとはしなかった。


【ああ、この世界への囚われとは、時間だけに限ったことではないのか】


「え?」


「いやつまり君は、おそらく時間自体に囚われているのではないかもしれない。」


「どうゆうことです?」


「例えば時間以外の、時代に付随する概念とか…」


概念? 

つまりなんだ? 


「それは君自身がわかることだ。だがさっき君が言っていた内容からすると、信仰とか、命のあり方とか、人としての行い…そんなところだろうか。」


それは時代によって異なる概念なのか? 

そういえばケイシも以前、時代や信仰はその時々で変化すると言っていた。

こんな風に疑問に思うこと自体が囚われているというのなら、僕は完全に囚われている。

だから時間を越えられない。

彼も僕と同じなのか。


「私は、自分が時間自体に囚われていると感じている。」


時間自体…時の流れということか?


「ああ。何人の部下を従え、何戦何勝したのか。いくつの称号を持っているのか、どれほどの時間をかけて成しえたのか…当時はそれほど執着しているつもりはなかったが、いつしか数自体が自分の能力だと感じ、比例するように自信も増していった。それがどれほど神と国に貢献したかの指標になり、刻まれた。」


「だからなのか、守り手として地上に戻り、死んでからどれほどの時が経ったのかが気になった。私には重要なことに思えてならなかった。」


そんなこと考えもしなかった。

ケイシの言葉に今が百年後だと疑わなかった。


「君はそれも素直に信じたんだな。」


「いえ、僕はそう言われただけで」


「私も同じように百年かかると言われた。だが信じなかった。結果、三百年だ。」


そんな…ケイシらが予想を外したというのか。

あれほど的確なことを言う、猛者揃いの彼らが? 


「彼らは予想したわけではないのかもしれない。それに私たちが時間に囚われているのだとしたら、彼らは時間の流れに疎いんだ。」


ケイシが僕らより劣っている所があるなんて。


「戦場では相手の弱点を見つけることも策略の内だからな。彼らには“弱点”があるなんて考えはないのさ。そうですよね、ケイシ?」


突然、トールの守り手は僕の背後に視線をやった。

その視線を追って僕も振り返る。


「君の言う強弱は、一方的視座から見た判断だ。強さというのは判断ではない。よって弱点という見方をしない。そして私は予想したのではない。かかった時間というのは個々が意識でとらえた流れが現れたのだ。」


【そうか】


そうか? 

彼は今のケイシの説明を理解したのか? 


「おおまかは理解した。百年かかると言われ、それに対して自分がどれ程の時間でできると判断したのか。それが時として現われたということ。」


「そうだ。」


彼らの高度な会話についていけない。

僕はケイシに百年かかると言われたことに対して、自分は五十年で成せると自信過剰にも判断したということ、なのか? 


ありえない。

僕はそのような自信家ではないのだから。


「ご名答だ。やはり理解が早いじゃないか。流石だ。」


「いえ僕は、自分をそんな過大評価などしていません。」


あまりにおこがましいだろ。


「いや、君が思い込んでいる君自身の力量だ。自信を持っていい。」


だがトールの守り手は人の気も知れず、誇らしいことというように僕に笑顔を向けてくる。


「ですから」


「意識が年数となり表れた。疑いようがない。君は自信がないと思っているようだが、無意識の深い所、魂に刻まれるコードは君の力量ありのままだ。恥ずかしいことはない。過大評価ではない。むしろその逆だ。君は自身を過小評価しているんだ。」


トールの守り手の言葉に疑いつつも、僕はケイシを見た。


「君の自信が百年を五十年にさせた。しかし君は“自信”をはき違えている。君は“自信”という言葉に、地上的解釈を当てはめている。」


僕はまたズレた解釈を使っていたのか。


「彼は自分に自信があると言った。だから三百年かかったと。」


ケイシはトールの守り手を見た。


「そうさ、私の自信は君と同じく、地上的解釈の“自信”だった。」


「そして君は自分の魂には自信が刻まれていないと言った。」


そう、的の外れた解釈でそう思っていたから。


「君の言う自信がないというのは、自身がないということだ。つまり一の孤立した存在ではなく、全の一である神の視点に立ちやすいということ。立ちやすいというだけで立っているわけではないが。しかし君の場合、自信がないからこそ自分の内から沸いてくるモヤモヤとした違和感に悩み向き合おうとしてきた。それは自分の感覚を信じたということだ。直感を信じるのは神を信じること。君の自信のなさは、全の一の視点から見た自信だよ。」


僕はずっと自信を持っていた⋯


「本来、それが自分を信じるということ、神を信じるということだ。」


ケイシの言葉に、スッポリと納まるような納得感を得た。

それが自信があるということなら、僕は自分に自信があると素直に言える。


「揺るがない自信は自信ではない。揺らぎを受け入れることが自信なんだ。私は自分を信じるのに三百年かかった。君を心から尊敬する。」


なんだ…

これまでの迷いは、ずっと悩んできたことは、僕が自分を信じた証だった。


自然と空に顔が向き、青さを奥まで吸い込んだ。


ああ、満たされる。

きっとこれなんだ。

他に自分の存在を証明させるのではない。

自分の在り方で、自分を証明する。

こんな充足感があるなんて。

どうしたらこれを君に伝えられるだろう。


「リリィ。」

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