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(十八) 溶け合うもの

「ルカ、久しぶりだな。」


ケイシは僕の要望を聞き入れ、すぐにもユールトをよこしてくれた。


「お久しぶりです。すみません、あなたも他の縁人についているというのに。」


申し訳なく謝る僕に、ユールトは穏やかな笑みを浮かべる。

ケイシのような暖かさだ。


「そんな言い方はやめてくれ、私たちはチームじゃないか。」


「でも、僕はリリィのそばから離れたくない。それがひと時だって恐ろしい。あなたもそうでしょう?」


僕の言葉にユールトは目を見開き、少しの間息をのんでいた。


「そこに恐怖を使うのか。面白いな。」


面白い? 

僕はまた、人間過ぎると思われたのだろうか。

だが嫌味で言っているのではないと、彼の様子を見ればわかる。


「ユールトは縁人から離れるのが不安じゃないのですか?」


なんだろう、その顔は。

今のは、そんな表情をされるような質問だったか?

僕を見つめるユールトの目は、クロシェットが猫を見る時のもののようで、どう反応していいのかわからない。

変な感じだ。


「あの…」


「私が縁人から離れることなんてないよ。だから君が私に悪いと思う必要はない。」


そしてユールトはリリィを見つめる。


「私の縁人はここにいる。」


ここにいる⋯

リリィのことを言っているのか? 


彼が良い人なのはわかる。

だけど、ケイシに似て何を考えているのか読めない。

心の声もほとんど聞こえない。

とても静かな人だ。


だがその静けさが、僕を安心させてくれた。

ほとんどの時間、ユールトは黙ってリリィを見つめている。

というより、リリィと僕のことを少し離れた所から見守っている。


彼が来てから徘徊する者らの姿を見ていない。

彼が結界のような役割をしてくれているのだろうか。


数日、彼のつくる安心の中にいると、先日まで自分の内に漂っていた心の荒れがみるみるうちに引いて行くのを感じた。

そして僕の体は、六才のルカの姿で安定するようになった。

リリィの波も安定している。


「ララ…」


鼻歌を一緒に口ずさむのも、今は怖くない。

もう大丈夫だろうか。


僕は草むらに座るリリィと背中合わせになるような形で腰掛けた。


暖かい。

背中にリリィの体温を感じる気がする。

背後から風に乗ってリリィの歌声が耳をかすめ、去っていく。


なんて穏やかな日常なんだ。


風の流れはユールトの方まで届いているらしかった。

彼は目を閉じて音を聞いている。

その様子が僕は嬉しかった。


全部ユールトのお陰だ。

彼が来るまでの僕は、リリィを視界に収めていないと不安で不安で仕方なかった。

こんな風に背中を向け合うなんて、怖くてできなかった。

ずっと気が張り詰めていて、こんなに緩んだのはいつぶりだろう。


「なあ、リリィ。秋空の青さがリリィの瞳みたいだよ。」


僕の言葉に、リリィも空を見上げたのが背中越しに感じられた。


愛おしい。

こんなに大事なものを傷つけたいと願ってしまったなんて。


「許してやれるか?」


「はい?」


ユールトが僕の正面で片膝を付き、かがんでこちらを見ている。

数日ぶりに近くで顔を見た。

再開した日依頼だ。


「許してやって欲しい。」


そう言う彼は、悲しみの表情を浮かべている。


「なにをですか?」


「君自身と、リリィをだよ。」


僕とリリィを許してやって欲しい? 

なんでユールトがそんなことを僕に言うんだ? 


「痣のことを悔いているんだろ?」


気付いていたんだ⋯


「この数日、君らを見ていたから。」


やっぱりバレていた。

この人は、僕の願いを軽蔑しないのか?

守護者として失格とは思わないのか?


「私にとっては、リリィもルカも縁人と同じように大事なんだ。だから許して欲しい。」


なんでそんなこと。


「自分を許せというのはわかります。罪に逃げずに向き直れということですよね? だけど僕がリリィを許せというのは、どういうことですか?」


「違うんだ。逃げるなと言っているんじゃない。私は君に、自分自身にもリリィと同じように許してやって欲しいと言っているんだよ。」


だからそれが僕には分からないんだよ。

僕はリリィを責める気持ちなんて一切ない。

許す許さないっていうのが、そもそも良くわからない。


「リリィと君があの痣を望んだ。でないと、ああはならない。リリィと君は、言葉でも意思疎通をとっているようだな。」


「はい、そうですけど。」


「リリィになにか言われたか?」


なにか? 

なにかってなんだ。


「その感じはやはり、リリィはなにも君に話していないんだな。」


「なんのことです?」


嫌な言い方だな。

この人は僕が気付いていない『なにか』を分かっている。


「そうゆう奴なんだ。だけど許して欲しい。」


奴? 

僕のリリィのことを“奴”と言ったのか? 


その呼び方に怒りが急上昇し、思わずその場に立ち上がる。

僕の姿は死ぬ前のルカに戻っていた。


「リリィは気付いていたと思う。」


だがユールトの一言で、感情は一気に静まった。


気付いていたって、なにを?


「君の望みのオーラを察して、周囲の異変に気付いていたはずだ。それを君に話さなかった。他にもそうゆうことがあったんじゃないか?」


そう言い、僕を見上げるユールトの目線が、僕の視線の高さに合わさる。


そうだ。

思い出した。


確かに、前にリリィが病にかかった時、僕にも誰にもリリィはそのことを言わなかった。

苦しい、様子が変だと自分の口から言ってもよかったはずだ。

だから僕が気付くまでわからなかった。


それに今回も、なにかあったら些細なことでも僕に言って欲しいと伝えていたのに、リリィは何も言わなかった。


もし何かを察していたなら、それを教えてくれたら、痣を付けられずに済んだかもしれないのに。


「リリィは思いを人に伝えるのが苦手なんだ。それに、自分を傷つけることを良しとしている。望んでさえいる。そうゆう節があるんだよ。本当に。」


ユールトは呆れたというように、首を横に振った。

まるで毎度おなじみの事のように。


なんで彼は、リリィのことがそんなにわかる。

たった数日そばにいただけのはずだ。


「僕はリリィを怒ってなんかいません。だから許すなんて僕には…」


「それと同じように君のことも許してやって欲しいんだよ。許す許さないって何言ってるんだ? ってほどに自分を受け入れて欲しい。」


「なんであなたがそこまで気にするんですか。」


「大事だからだよ、私にとってはとても重要なことなんだ。」


僕の両腕を掴むユールトの力強さに、なぜだか僕はまた気が緩んだ。


「わかりました。努力します。」


そう答えると、ユールトもやっと表情を緩ませ微笑む。


「ありがとう、ルカ。」


そして僕の両腕も解放された。

ユールトはまたいつものように静かになり、僕たちは横並んでリリィを見守る。



その後からユールトは、離れた場所でたたずむのをやめ、僕の横に着くようになった。


「秋になったな。」


「そうですね。」


日が沈みかけ肌寒くなったのか、強い風にリリィは身震いし自分の腕をさすっている。

それを見てユールトはリリィに近寄り両腕を伸ばしかけたが、なにかに気付いたようにハッとして顔を上げる。

そしてゆっくりと僕の横に戻ってきた。


「どうかしましたか?」


「いや、君のリリィに触れるところだった。許してくれ、無意識だったんだ。そろそろ私はここを離れる時だな⋯」


ユールトは僕の心の声に反応することはしないが、しっかり聞こえていたようだ。

前に、僕がリリィのことを『僕の』と言っていたことを気にしてくれていた。


「僕の方こそ…」


“触れる”で思い出したが、リリィの肩に痣を残した奴は結局誰だったんだ? 

リリィを守れないのでは、という不安が解消されたから、もうその現実は創造されないかもしれないが、謎は残る。

そいつが無傷なのも納得できない。


「ルカ、言っただろ。全部許して欲しいんだ。」


ユールトの真剣な瞳が僕を見つめる。

いつも穏やかな様子なので気付かなかったが、彼の目には凄みがあった。

今のユールトはまるで別人のようにも思える。

しかし屈してはいけない。


「だけど」


「いらないんだ。犯人探しも必要ない。相手が誰でも関係ない。」


僕の大声に対してユールトは静かにささやくので、僕は口をつぐみ耳を傾けざる負えなかった。

自分の声の音量に付随するように気持ちも静まる。


「わかりました。」


努力するって、ユールトと約束したんだ。

それを果たそう。


「ありがとう。」


僕がこんなんじゃあユールトは自分の縁人の元へ帰れなくなる。


「ユールトが付いている縁人はどんな人なんですか?」


ユールトは僕の質問に、目線を落とし思い出すように微笑む。


「強がりだ。強情なんだよ。あいつは心配かけたくないんだか、本性をさらす勇気がないんだか、格好をつけたがる。だが気付けって思うよな。不安にさせないようにしているほど、守護者は心配になるっていうことを。」


ユールトの口調が明らかにいつもと異なるので驚いたが、きっとこれが生前の彼に近いのだろう。

人間らしい。


「嘘をつかないでいて欲しい。あいつが嘘をつかないで生きていける世界を、一緒に創りたいんだ。」


それは、僕の想いに似ていると思った。


「なんだかリリィに似ていますね。」


「リリィだよ。」


「え?」


どうゆう意味だ? 


「私が付いている縁人は、リリィの別の人生の時だ。だけど、この時代よりも何千年か前の場所で生きている。」


彼の答えを聞いても、僕の疑問は解消されなかった。

どうゆう意味だ? 

僕の間の抜けた顔をユールトは見つめた。


【ああ、君はまだ、輪廻を受け入れていないのか。】


ユールトの心の声が、初めて聞こえた。

というか、言葉として誰かの心の内を聞いたのは、これが初めてだった。


これまでは波がざわめくようにザワザワと鳴っているだけで、胸騒ぎというか、“感覚”的な雰囲気でしか伝わってこなかった。

それが今はハッキリと言葉として聞こえたのだ。


「え?」 


ダブルで来る衝撃に思考が停止する。


「心の声が漏れたか…ルカ悪いな、だがそんなに気にすることはないよ。」


平然と言うユールトには、この動揺が伝わっていないらしい。


「いやわかるよ。なんだか気持ちが悪いよな。」


気持ちが悪い? 

そんなもんじゃない。

恐怖だよ。

人の心を知るのもそうだけど、自分の心が外に漏れている感覚を実感した。

これは想像する以上に恐ろしい。


どこを見たらいいか視界が定まらない。

誰も僕を見ないでくれ。

見に毛がよだつような周囲の視線の恐ろしさに、自分の姿をどこかに隠せないかとあたりを探す。


その瞬間、あたりは真っ暗闇に変わった。



なんだ? 


どこを見ても真っ暗闇。

ストンと落ちるように先ほどまでの恐怖は消え失せた。


「私は暗闇を表現できる。」


闇にユールトの声が響く。


「これ以上に怖いものなんてない。」


段々と気持ちが落ち着き、考えが巡るようになってきた。

闇が怖いなんて、先ほどの恐怖に比べたらなんでもない。

自分の姿が見当たらない場所に、僕は深く安心した。



どのくらいたっただろう。

パニックは完全に収まり、僕はいつも通りの自分を取り戻していた。

すると、リリィがなにをしているかが気になり始めた。

なにも見えなくて気がかりなのはそれくらいだ。

ユールトの声もしばらく聞こえていない。


「リリィ…」


あれ? 

自分の声が聞こえない。


リリィ リリィ ユールト ケイシ 


何度か呼んでみるが、自分の声が出ているのかどうかもわからない。


無音― 


手探りしてみるが、なににも行き当らない。

自分の掌も見えない。


僕は今子供なのか? 

それとも死ぬ前のルカの恰好をしているのか? 


いや⋯

僕に姿はあるのか?


胸が詰まる。

音を出せず、息も出来ているのかどうか定かじゃない。

呼吸を奪われた胸苦しさが、再び襲ってきた。



だけど今は


リリィ… 


リリィが不安がっていないか。

リリィからは僕がどんな風になっているんだ。

リリィのそばには誰かついてくれているのか。

守る者がいなければ、またリリィの体に傷をつけられる― 


良くない考えに、僕はまたパニックに陥りかけた。


「ああ、そこにいたのか。」


「ユールト。」


ユールトの声と自分の声が重なり聞こえたと思うと、僕は先ほどの明るみの中に立っていた。


「悪かったよ、君があんまりちょこまかと動き回るから見失った。」


「リリィは―」


僕はすぐに目の前のリリィに駆け寄り、両腕を体にまわし包み込んだ。

よかった。

無事だった。


「心配ない。一秒だってたっていない。」


「そんな、だって…」


「君を時間もなく誰もいない場所に隠した。ルカがそう望んでいたから。」


ユールトは少し後悔するような顔をして言う。


「いいんです。」


確かに、僕は正気を取り戻した。

あのままだったら、どうなっていたかわからない。


「感謝しています。」


【まあ確かに、闇に対してさほど恐怖を抱かなかったようだ。まだ刻まれていないんだな。】


内容が理解できないせいもあるが、ユールトの心の声を聞いても今は動揺しない。


「リリィ、帰る時間です。エミリーが待っていますよ。」


シモーヌの声に、僕は囲っていた腕を離した。


「私は今夜、リリィが寝静まったら戻るよ。」


「わかりました。ありがとうございました。あの」


「いつでも呼んでくれたらいいよ。」


ユールトは僕の不安を先回りして答えた。

僕らはエミリーとリリィの後を、ふたりの長くなった影を踏みながら追いかける。


明るさの下にいる幸福が胸を満たす。


「神よ…」


神の存在を感じると、自分の中の膨らむ好奇心があふれ出した。


「ユールト、あなたは主なる神を覚えているんですか?」


この人は僕よりも目覚めている。

ならばきっと、


「覚えていないよ。主なる神のことなんか。」


その発言にハッとし、思わず辺りを見回す。

だがエミリーの守り手も、他の誰もなんの反応も示さない。

ほっと胸を撫で下ろした。


しかし、神のことなんかとは、なんて言いようだ。

信仰が揺らいでいる僕でもそんな言い方はしない。


「それよか私は生前、神のことなんてほぼ考えたこともなかった。さほど知りたいとも思わない。」


僕の心の声が聞こえているだろうが、彼は気にせず続ける。


「だけど私は、神の一部を覚えている。もう忘れたりしない。私にはそれだけで充分だ。」


一部だけを覚えている? 

また僕のわからない事を言っている。


しかし深追いはしない。

道を歩んでいれば、僕にもいつか分かる。





「天にまします…」


最後の祈りはユールトと三人でおこなった。

神に無関心な癖にと思ったけど、僕らはこの時一つだった。


「リリィ、またいつか会おう。」


眠りに入るリリィにユールトがささやく。

ユールトが戻ってしまうのが寂しい。


「あの僕も、リリィの他の人生の守護者をやることも可能なのですか?」


リリィの守り手をやる以外、考えもしなかったけど、リリィの他の人生なら話は別だ。

リリィのことをもっと知れる。


「今の君がそれをすることはないだろう。」


しかしユールトはきっぱりと言い切った。


「なぜですか?」


「君は時間に囚われているだろ。その思い込みを外さないうちは出来ない。」


また思い込み⋯

僕には他にもまだ思い込みの壁があるのか。


「君の意識は、君がルカとして生きた時間軸に重点を置きすぎている。君は肉体への囚われを手放したのかもしれない。だがこの世界への囚われは、きつく握りしめたままだ。だから時間のないフラットな状態にあっても、流れを時として刻んでしまう。」


今の僕には務まらないという事は、説明を聞いてすぐにわかった。

言葉の意味が全く理解できないからだ。


「そして君は、縁人を掛け持ちすることもできない。肉体にいる魂を一人の人間として数えているうちは。」



ん? 一人の人間として数える? 

一人ではないというのか?

なら僕は、僕のリリィは… 


混乱しふさぐ僕を、ユールトはまた読めない表情で見つめていた。


なんで泣きそうな顔をする。

今度はなにをしたっていうんだ。


「ルカ、君が尊くて⋯」


尊い?

僕が?


僕が眉をしかめるのを見て、ユールトは自分の発言を流した。


「混乱するのは思考に囚われているから。確固たる個体などない。だが君はちゃんと存在している。神は、私たちひとりひとりを把握している。そのことを、考えずにただ感じるんだ。」


ユールトが神の名を出すのは違和感があるが、きっと僕よりも神を知っているのだろう。


「私は、個の在り方はありのままを見つめるために使う。執着するためじゃない。」


それはケイシに何度も言われていることだった。


「わかるんですけど、どうやって理解に至るのかがわからないんです。ユールトはどのようにそれを感じたのですか?」


僕の質問に、ユールトは小さな唸り声をあげながら考えこむ。


「私は、知るより先に実感したからな。コツを伝えられない。だが君は、自分とリリィが一つであることを理解し始めた。それは一歩にも満たないかもしれないが、君は着実に道を歩いている。」


理解し始めた… 

それなら、僕らはやっぱり 


「私たちは溶け合うものだ。」


そう言うと、ユールトはふわっと両腕で包むように僕を抱き寄せた。

すると僕らの体は、接着面から互いに浸透し始める。

突然のことに驚き身を剥がそうともがくが、抵抗はなんの効力も示さない。


【ありがとう】


その時、自分の内側から声が聞こえた。

ユールトだ。

焦りは消え、僕は疑問を彼に返した。


なにがですか? 


【君がリリィを愛してくれたから たくさん苦しんでくれたから 俺は出会えた】 


なんのことですか? 


【君の繋いだ音が思い出させてくれたんだ】


その後もなにか言っていたような気がするけど、僕は睡魔に襲われるように深い眠りに入った。


「ルカ起きて。」


目を開けると、僕とリリィはふたりきりだった。

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