(十七) 思考の使い方
あれから、徘徊する者たちはリリィに近づかなくなった。
遠くからこちらを気にしている様子は見られるが、これなら手を出してくることはないだろう。
「リリィごめんな、怖い思いをさせて。もう絶対、君を傷つけるやつを近寄らせたりしない。」
リリィは黙って頷く。
こんな時も笑顔を作らせていることに、罪悪感を抱きかけて拳を握る。
やめろ。
罪の意識に逃げるな。
思い癖とは強力なもので、なにか悪いことが起これば自分に罪を着せるように染み付いていたから、無意識にもそうしてしまう。
何度も拳を握ることになるだろう。
その度に自分の弱さを握りつぶすしかない。
ジルたちはリリィの肩の痣を見て、同僚の子どもを疑わなければならなかった。
表立って犯人探しをする訳ではないが、周りの子を見る視線が少し、ピリついているような気がした。
しかし僕は、生きた人間の仕業じゃないことを確信している。
それでも痣を付けた奴が誰なのかは分からないままだ。
死者で、物に触れることが出来て、それでいて僕の目に映らない。
僕が太刀打ちできるような相手なのか?
僕には叶えられない事をやってのける力がある。
どう考えても僕より格上。
もしかしたら、他にも予想だにしない能力を持っているのかもしれない。
気を抜いてはいられない。
僕だけじゃあリリィを守り切れないかも⋯
策を打っておかなければ。
「ケイシ、リリィのそばにつく守護者を、少しの間だけでも増やせませんか?」
自分だけで守りたい、という思いは今は捨てる。
何かあってからでは遅いのだ。
「ああ、いいよ。手配しよう。」
ケイシはあっさりと返事をした。
その態度にモヤモヤとする。
いつものケイシなら、理由を尋ねる所ではないか?
それなのに、やけにすんなりと僕の申し出を受け入れた。
希望を通してくれたというのに、なんか嫌だ。
引っかかる。
これは、到底僕一人では守りきれないだろうと、ケイシもそう判断したということではないのか?
「私はなにも判断などしていないよ。」
「そうですか。」
本当か?
「ハハハハ 疑いの声が漏れ聞こえているぞ。」
僕の隠しきることのできない本音に、ケイシは笑った。
「私が嘘をついたのなら、その心が君に届いたはずだ。」
本当にそうか?
ケイシはそれさえも隠し通すことが出来るほど、高度な次元にいるように思えるが。
「私は嘘はつかない。隠し立てすることなどしない。」
そう言われても、僕にはその言葉の真意が嘘か誠かなんて判断できない。
聖書の教えを信じている時も、嘘をつかない人間がいるだなんて、これっぽっちもムダな希望を抱いたことはなかった。
人は嘘をつく度に、懺悔をするのだ。
「君はまだまだ人間だな。」
その言い方は、僕が神らしくなれば、疑うことが無くなるという意味か?
「それは人それぞれだけど、嘘をつく理由がない事を理解するだろう。」
ケイシの言うことは本心なのだろうと思う。
いつもならすぐにそれを信じる。
だけど僕は疑心暗鬼になっていた。
自分の力のほどに関しても、他の者の能力に関しても。
だって、リリィの右肩の痣。
僕の知らぬ間にあんな跡を残されたなんて、ショックだったんだ。
僕はリリィを守ると意気込んでいた。
いや、なにからでも守れると疑っていなかった。
だが今回は、誰かがリリィに近づいたことに気付くことさえ出来なかった。
傲慢だった。
ケイシに神と言われ、否定はしていたけど、満更でもない気分だったのは間違いない。
神の領域にいる僕には、死者の彷徨う奴らや生命なんかは、敵にさえならないと思っていたからだ。
僕のおごりだ。
遠くでこちらを見ている徘徊者らに、僕は再度、睨みを利かせた。
すると彼らは肩を震わせ向こうをむく。
大丈夫だ。
だけど、僕がこうやって警戒しているだけで、彼らは近寄ることさえできないよな?
なら痣を残した相手は、そいつも神の領域にいる、ということも考えられる。
まさか堕天使とか…
「あえて言うなら、判断しているのは君だよ。」
「僕?」
「そう。判断というより、思い込んでいると言った方が良いかな。」
僕が何を思い込んでいるっていうんだ。
これは、警戒しているだけだ。
顔の見えない相手なんだ、当然だろ。
「それが思い込みだよ。」
どういうことだ。
なら警戒もせずにいつも通りでいればいいっていうのか?
「いいや、君がそう思い込んでいる間は、その不安は起こりうる。だから私は君の意見に賛成したんだ。」
「僕が、リリィを守れないのではと不安がっているから、いけないのですか?」
「いけないなどとは言っていない。ただ、創造は想像だからな。」
ああ、僕がまだ嚙砕けていない法則の話か。
「反転の法則…」
「創造された外の現象は、すべて内の想像からつくられる。つまり、物質である“現実”に現れるものは全て、意識にある。しかし反対は違う。意識として存在するもので、人が知覚できないことは山ほどある。」
「思い込みは想像なのだから、つまり思い込みは創造されうる。」
わけわかんないよ。
地上に降りる前の学習過程で、繰り返し教えられたが、何度聞いたって理解できない。
「だって僕は、リリィを守れる自信があった。それなのに…いや、本心ではそう思えていなかったんでしょうね。だからあんな痣を付けられた。」
この創造を、僕が想像していた。
世界の理は揺らぐはずはないのだから、自分でも意識できていない場所で、感じていたんだ。
「リリィの肩の痣は、僕の無意識下の想像なのですよね。」
「君とリリィの、だよ。」
「そう、僕とリリィの…」
望んだつもりのない、僕らの望み。
しかし僕は本当は望んでいた。
その時は意識出来てはいなかったけど、罪を手放した時に、自分が望んでいたことに気が付いた。
だからか…
意識できていない思い込みに関してはお手上げだ。
どうしたらいい。
だけど僕らの、ということは、リリィも?
「思い込みは敵ではないよ。輪廻を繰り返す者らの最大の壁と、最強の味方は同じものなんだ。それは活用次第でどちらにもなる力だ。“思考の癖” だよ。」
「カルマとなる魂のコードも思考の癖が大きく影響する。壁である思考の癖に気付き、味方となる思考の癖を鍛える。そのために思い込みを使うのさ。」
「この前君に話した『何かを成すのは労力のいること』これも思考の癖だ。労力は本来必要ない。成せると真にイメージできれば、努力も時間も必要とせずに成せるのだ。しかし“出来ない”という思い込みがある者は、真にイメージをすることが難しい。君は創造物である肉体を鍛えることにより、想像のイメージを変えていくという世界の仕組みに逆行したやり方をした。それは確かに労力がいる。人間は労力を用いることで、自分には成せるという思い込みを強化させている。そうやって出来る自分を想像できるようになっていく。遠回りだが、真理を忘れた人間の編み出した力業だ。」
「しかし君はこの壁を抜けることが出来る。『想像が創造となる。』それが世の流れだ。これが思考の癖になるよう思い込ませればいい。そうしていれば、そのうち君は実感するだろう。世界がそれを見せてくれるからだ。想像が世界となって君の目に映る時、この理を君は理解する。」
反転の法則。
これを理解するのは、僕にとって労力のいることだろう。
そう感じてしまっているからきっとそうなる。
それでも、人間過ぎる僕は、今出来るやり方で進むしかない。
神へと歩む過程は省けないのだから。
「真理が思考の癖となり魂に刻まれれば、記憶をなくし別の人生を生きた時も、染み付いた癖は発動される。いつ花開くかはそれぞれだが、かけた想いは必ず花開く。死んでも無意味にはならない。」
必ず報われるなんて、淡い期待だと思っていた。
「そうか?だけど君だってもう実感しているじゃないか。無意識下の思い込みとは、魂に刻まれたコード。それには他の人生で培われたものも含まれる。君が自分に罪を課せたがるのも、自分を忘れないで欲しい、思い出して欲しいと願うのも、いつの人生のどの瞬間から魂に刻まれているんだ?」
いつから?
これは僕の、ルカとして生きた僕が生み出している思いじゃないのか?
「断言出来ないだろ?」
罪悪感を持つ癖がある事は、ルカとしての記憶の中にも思い当たる。
だが自分を忘れないで欲しいなどという願いは、リリィに出会ったから生まれたのだと思っていた。
違うのか?
「魂に刻まれた思い癖だ。他の人生の記憶があるなしに関わらず、刻まれたコードは持ち越される。無意識下の望みとして現実になり、対面することとなる。」
だから僕とリリィは、あの痣をつけられるという体験をした⋯
「自分のありのままを知るための簡単な方法は、現実という現象が自分になにを問うているのかを考えることだ。表面意識で認知できていない事柄も含めてこそ、君のありのままだ。君の魂の在り方だよ。」
僕の見るもの全てが、僕という存在を知らせてくれている。
これが、縁人を導くのに反転の法則が重要な理由か。
僕は、リリィが体験する現実で、本人さえ覚えていないリリィを知ることが出来る。




