2-2.偽りの命令
前回まで「ナポレオン軍が抱える危機を目の当たりにし、エティエンヌは焦燥感を覚える。彼は歴史を変えることの重さを感じ始める。」
プランスノワでの戦況は深刻だった。
プロイセン軍がフランス軍の右翼に猛攻を仕掛け、防衛ラインが次々と崩壊していく。重砲隊の周辺では火薬の匂いと煙が立ち込め、兵士たちは疲れ果てた表情で砲弾を装填し続けていた。次の砲撃目標を指示されるのを待っていたが、指揮官たちの命令は混乱し、統制は失われていた。
その場面を遠くからじっと見つめていたエティエンヌは胸の内では激しい葛藤が渦巻いていた。戦場全体が崩壊へ向かっている中で、自分が何もできないという無力感に苛まれていた。しかし、諦めるわけにはいかない――彼は歴史を変えるためにここにいるのだ。どうにかしてこの崩壊を食い止める手段を見つけなければならない。
「このままではフランス軍は完全に崩壊する……」
彼は砲撃隊に目を向けた。混乱の中、指揮系統は乱れているのは明白だった。エティエンヌは身を潜め、砲兵たちの様子をじっくりと観察した。疲れ切った兵士たちは、命令がないまま途方に暮れているように見えた。
「ここだ……この混乱を利用するしかない。」
エティエンヌは素早く決断を下した。静かに砲撃隊へ近づき、乱れた陣地に紛れ込むように身を低くした。戦場の喧騒が彼を隠す。見つかれば終わりだが、戦場は混乱の極みに達していた。
エティエンヌは泥にまみれた大砲の周辺に潜み、状況を見定めた。
フランス軍の陣地は完全に混乱状態にあり、指揮官の命令は届いていない。兵士たちはそれぞれの判断で動いているが、彼らの目には明確な指示がないことへの焦りと戸惑いが浮かんでいた。
「今しかない……」
エティエンヌは決意を固め、大きく息を吸い込んだ。ここで何もしなければ、すべてが無駄になる。軍服は身に着けていないが、それは問題ではない。この混乱の中では、誰もが生き延びることに必死だった。
彼は急いで倒れている別の伝令の近くに近づいた。彼はその伝令の衣服を掴み、泥で汚れている様子を見せかけた。
エティエンヌは注意深く位置を取り、周囲の兵士たちに向けて命令を下すことに決めた。大声で、しかし慎重に叫んだ。
「砲撃隊、敵の位置を変更せよ!直ちに目標を転換!」
その声は意外なほど大きく響き渡り、砲撃隊の何人かが振り返った。しかし、その声の主を探す余裕は誰にもなかった。戦場の混乱の中、兵士たちは反射的に命令を受け入れ、砲撃の準備を始めた。
「撃て!」
エティエンヌの心臓は高鳴り、数秒後に砲撃の轟音が戦場を揺るがした。砲弾は敵陣へ向かい、予想外の一斉砲撃がプロイセン軍の前進を一時的に鈍らせた。
「うまくいった……」
エティエンヌは安堵の息をつき、すばやくその場を離れた。誰にも見つかっていないことを確認し、身を低くして物陰に潜む。兵士たちは依然として砲撃を続け、誰が命令を下したか気づかぬまま行動を続けた。
一方その頃、ナポレオンは本陣で戦況の悪化を見守っていた。
参謀たちが次々と絶望的な報告をもたらしていた。彼らの顔には焦燥が浮かび、戦場が崩壊に向かっていることは明らかだった。
「陛下、プロイセン軍が右翼を完全に包囲しました。プランスノワも持ちこたえられません!」
ナポレオンは地図を睨みながら、参謀たちの報告を静かに聞いていた。彼の顔には疲労の色が濃く、戦況が絶望的であることが彼を圧倒していた。かつての栄光に満ちた指揮官は今や運命の手のひらで翻弄されているかのようだった。
「あの市民の……」
ナポレオンの脳裏にふと、先日出会った謎の市民――エティエンヌの言葉がよぎった。
「敵の動きを早めに察知しなければなりません……」
彼の助言は頭の片隅に残っていた。だが、ナポレオンはそれを信じきれなかった。プライドが他者の意見を受け入れることを拒んでいたのだ。
「私の判断が……間違っていたのか?」
彼は心の中で自問したが、もはや時間は残されていない。フランス軍は崩壊の危機に瀕しており、ナポレオンはその厳しい現実に直面していた。
その時、遠方から砲撃音が聞こえてきた。
「これは……?」
ナポレオンは顔を上げ、音の方向を見つめた。それはフランス軍の砲撃隊からのものだった。彼は即座に参謀に指示を出した。
「砲撃隊が敵陣を攻撃している。状況を確認しろ!」
参謀たちは即座に動き出した。ナポレオンは地図に目を落とし、まだ残るかもしれない希望を探し始めた。
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エティエンヌの偽装命令による砲撃によりプロイセン軍の前進を一時的に食い止めることに成功した。彼の計画は局地的には成功し、フランス軍右翼は持ちこたえた。しかし、全体の戦況は依然として厳しかった。
ナポレオンの本陣では、一時的な混乱が収まったかに見えたが、プロイセン軍の圧力は続いていた。フランス軍は徐々に崩壊しつつあり、勝機は薄れていた。
エティエンヌは戦場の片隅でその様子を見守っていた。
自分の行動が局地的には効果を発揮したが、大局を変えるには至らなかったことを痛感していた。
「歴史は……変えられないのか……」
彼は静かに呟いた。自身の力が、巨大な歴史の流れを変えるには小さすぎることを悟りつつあった。しかし、それでも彼は、少しでもこの戦場の流れに影響を与えようとしたのだ。
フランス軍の敗北が避けられないことは明白だった。エティエンヌはその事実を受け入れざるを得なかったが、彼の内にはまだ希望の火が残っていた。
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戦場が徐々に静まり、フランス軍は壊滅的な敗北を喫した。ナポレオンはついに撤退を命じ、フランスの運命は決定的なものとなった。
エティエンヌは戦場を去りながら、自分の行動が歴史の大局に影響を与えられなかったことに深い苦悩を覚えていた。しかし、それでも彼は完全に諦めたわけではない。歴史が変わるかどうかは、この一度の敗北だけでは決まらない――彼の使命はまだ終わっていないのだ。
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