2-1.戦況の変化
前回まで「エティエンヌはついにナポレオンと対面し、歴史を変えるための助言を試みる。しかし、ナポレオンとの会話は緊迫した状況の中で行われ、エティエンヌは意図とは異なる方向に話が進んでいくことを感じる。」
エティエンヌは戦場の一角から、フランス軍の右翼近くに位置していた。
彼の視界には、泥にまみれながらも前進するフランス兵の姿が広がっていたが、視界の範囲外ではプロイセン軍の動きが報告されていた。時折、銃声や大砲の音が遠くから響いてくる。
見える範囲は限られているが、彼はその音と兵士たちの動きから戦況を推測しようとしていた。
フランス軍の右翼には強化が進められているように見えたが、その規模は限られている。彼の視界の外で、プロイセン軍がゆっくりと接近しているという報告が入り、胸に不安が広がった。
「これで……本当に変わるのか?」
彼がナポレオンに助言したのは、プランスノワの防衛を強化することでプロイセン軍の侵入を防ぎ、戦況をナポレオン軍に有利に持っていくというものだった。しかし、ナポレオンは彼の助言の一部を取り入れたものの、戦場の王として自身の判断を優先することを選んだ。その影響がどう現れるのか――エティエンヌは答えを知りたかったが、今はただ見守るしかなかった。
しかし、彼は同時にその場で進言できたこと自体が、奇跡的な出来事であることを強く自覚していた。あのナポレオン・ボナパルト、フランス帝国の英雄に自分の意見を聞いてもらえるとは、歴史の中では想像もつかないことだったのだ。ナポレオンは数々の戦場を勝ち抜いてきた戦略家であり、彼の決断を覆すような助言を与えるなど、常人には到底ありえない出来事だった。
「進言できただけでも、十分奇跡だ……。」
その自覚があるからこそ、エティエンヌは自分がすでに歴史に一石を投じたのだという実感を抱きつつも、同時に、それがどれだけの影響を与えるか不安を抱えていた。
戦場を見渡すと、ナポレオンの命令通り、プランスノワ近辺に動きがあった。フランス軍の一部が右翼へと配置を強化し始めている。彼の助言が少しは影響したのだろうか。エティエンヌはそれを見て、一瞬安堵の息を漏らした。
だが、すぐにその安堵は消えた。
遠くから、もう一つの軍勢がゆっくりと現れてきた。プロイセン軍――彼らの整然とした行進は、恐怖の予兆を感じさせる。南東から押し寄せる彼らは、銃声と共に連携した動きを見せ、フランス軍の右側面を圧倒しようとしていた。見えない距離でも、彼らの士気の高さが感じられ、エティエンヌの胸に不安が広がった。
エティエンヌが助言した通り、ナポレオンは防衛を強化していたが、その規模があまりにも小さい。プロイセン軍の勢いは想像以上で、わずかな守備兵では押し返すことは難しい。
「まだ足りない……。」
エティエンヌは胸の中でつぶやいた。戦況は変わりつつあるが、フランス軍が本当に勝利に近づいているかどうかは、彼にはわからなかった。ナポレオンがエティエンヌの助言に完全には従わなかったことが、この結果に表れているのかもしれない。
その時、遠くでフランス軍の左翼が徐々に押し込まれているのが見えた。イギリス軍が中央部隊を前進させ、フランス軍を徐々に追い詰めている。彼らの猛攻に対し、フランス軍はじわじわと後退を強いられていた。
「まずい……。」
エティエンヌは胸が早鐘のように鳴り始めた。彼の助言が、戦場全体に十分な影響を与えていないことが明らかになりつつあった。ナポレオンは自信に満ちて「戦場の王」と宣言したが、その決断が裏目に出ているのではないかという不安が、彼を襲い始めた。
エティエンヌは戦場の一角で、もどかしさを感じながら立ち尽くしていた。軍の指揮系統が厳格である以上、自分が今から動いても、何も変えることはできない。彼はナポレオンの決断に従うしかなかった――だが、その決断が正しいのか疑問が残る。
そんな中、エティエンヌの視界の端に、重砲兵の陣地が見えた。高台に配置されたフランス軍の重砲兵が、今まさに砲撃の準備を進めているようだった。彼らが攻撃を開始すれば、イギリス軍の中央部隊を押し返すことができるかもしれない。しかし、彼らがまだ動いていないことが気がかりだった。
「砲撃……それだ!」
エティエンヌは思わず拳を握りしめたが、すぐに冷静さを取り戻した。自分が砲兵隊に指示を出せる立場ではないことはわかっている。しかし、目の前で戦況が悪化していく様子を見つめるしかない無力さが、彼を苦しめた。彼にできるのは、ただ祈り、フランス軍が適切なタイミングで砲撃を開始し、戦局を覆すことを願うことだけだ。
実際に、ウェリントン公爵率いるイギリス軍は、丘陵を利用した堅牢な防御線を築いていた。彼らはプロイセン軍の到着を見越し、戦力を温存しつつ時間を稼いでいる。フランス軍の猛攻に耐えながらも、徐々に反撃の準備を進めているようだった。そして、その頃、遠方からはプロイセン軍の援軍が徐々に姿を現し始めていた。エティエンヌの心は焦りに包まれた。もし援軍が合流すれば、フランス軍の敗北はほぼ確実だ。
そのとき、ついにフランス軍の重砲兵が砲撃を開始した。大砲の轟音が大地を震わせ、砲弾がイギリス軍の陣形に食い込む。エティエンヌは一瞬、わずかな希望を感じた。この砲撃でイギリス軍の動きを止め、フランス軍に有利な状況が生まれるのではないかと。
だが、戦況はまだ混沌としていた。砲撃の衝撃を受けたにもかかわらず、イギリス軍は崩れず、逆に前進を続けている。彼らの士気は衰えを見せず、フランス軍の防衛線は徐々に崩れ始めていた。エティエンヌは、戦況が完全に掌握できないまま、フランス軍が押し戻されるのではないかという不安に包まれた。
「もっと、もっと砲撃を続けるべきだ……!」
エティエンヌは無力感に襲われながらも心の中で叫んだが、それが戦場の現実を変えることはない。彼の目の前で、戦況はますます悪化していた。
そして、その瞬間――背後から大きな轟音が聞こえた。
振り返ると、プロイセン軍がついにプランスノワへの攻撃を開始した。フランス軍の右翼は防衛しきれず、次々と押し崩されていくのが見えた。
「……ダメだ、間に合わない!」
エティエンヌはその場で呆然と立ち尽くした。彼が感じていた不安が現実のものとなりつつある。ナポレオンにもっと強く訴えていれば――そう後悔しながらも、彼には何もできなかった。戦場はナポレオンの指揮に委ねられ、エティエンヌの力は及ばないところにあったのだ。
歴史は再び、元の運命に引き戻されようとしているのか――
エティエンヌは戦場の中心を見つめながら、その思いに打ちひしがれていた。
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